アジア新風土記(120) ハノイのフォー - 2026.02.26
権利と道徳
二宮金次郎が校庭にいたわけ
なぜこの国では「権利」と「義務」はセットで語られ、「法」よりも「道徳」が優先され、「世間」がジャッジメントするのか。
「法の秩序」よりも「私刑」を好む日本社会=「世間」の正体その源流をたどる。
「譲って損なく、奪って益なし」──生涯を「利他」に生きた二宮金次郎を、「修身」の教科書に載せたのは、陸軍の実力者・山県有朋の政策グループだった。国民を「天皇の忠良なる家臣」に作り上げるために「刻苦勉励」「勤倹貯蓄」に駆り立てたその政策とは?
第Ⅰ章 権利を知らない大人たち
「他人に迷惑」は理由にならない
損をしている日本人─「国賦の人権」
権利がわからない学校教科書
第Ⅱ章 日本が「礼儀正しい国」になったわけ
私刑を求める日本社会
「型」で付き合う日本人─ 作法が秩序になった社会
「型」社会の代償─ あきらめる訓練としての校則
「減点主義」の社会─ 不祥事を起こすと辞任するわけ
第Ⅲ章 社会の「法化」─ 道徳は必要ではないのか
訴えた者勝ちの世の中か─「法化」する社会
法と道徳を分けられるのか─「法益」と目的
イジメ問題と道徳教育の罠─ 学校が奨励する正義とは何か
法が道徳を補完する─ 日本社会を守れるか
第Ⅳ章 つくられた「日本人」─ 軍国主義の基盤
日本の公教育は何から生まれたか
儀式で教育する道徳─ 陸軍と内務省
「通知表」は誰への通知なのか
第Ⅴ章 日本人が時間を守るようになったわけ
体感する権力─ 権威の具現化と時間支配
結婚式はなぜおこなうか─「地方改良運動」の論理
日本人はいつから時間を守るようになったのか
時計が好きな日本人─ 時間の具現化装置
第Ⅵ章 二宮金次郎像が校庭に建っていたわけ
ゆがめられた二宮尊徳像─ 海を渡った「金次郎」
計画者は誰か─ 政策主体・「山縣閥」
知られざる政策主体としての建築家たち
校庭に金次郎像が立っているわけ
第Ⅶ章 戦前の日本はどのような社会であったか
─「立訓君主制」
君徳は君主をも超越す
軍国主義に変わるまで─ 無理解の具象化
第Ⅷ章 つくり直された「日本人」─ 民主主義への偽装
権利を奪われた日本人─ アメリカ共和党の戦略
会社のような学校と、学校のような会社へ
財界の求める労働者─「期待される人間像」
「学歴社会」の問題点
第Ⅸ章 家来ばかりの国─「妄想之縄」
戦前の軍国主義・戦後の同調圧力
デモクラシーからファシズムへ
役目としての「良妻賢母」── 誰にとっての理想か
「努力の鎖」─ どうして吹奏楽部は厳しいのか?
第Ⅹ章 「自由」と「民主」はどう違うか
民主主義に中立はない─「財力」という「暴力」
尊重すべきは〝個人〟であって個性ではない─「公私の別」
新自由主義という思想─ 肩書きと身分の混同
「文明」と「文化」はどう違うか─ 政府が文化を語らうわけ
第Ⅺ章 「世間」と「社会」はどう違うか
「世間」の正体─ 泡沫の動的集団
「気が済むかどうか」の社会─「法治の社会」と「徳治の世間」
「顛倒の論理」─ 文化の政治性
自分には何ができるのか─ 民主主義の中の「私」
おわりに
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