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梅田正己のコラム【パンセ31】 〝強盗帝国主義〟の時代に 立ち向かうには
〝強盗帝国主義〟の時代に立ち向かうには
梅田 正己 (元高文研)
次の文章、だれが書いたものか、お分かりだろうか。
「和親条約といい、万国公法といい、甚だ美なるが如くなれども、ただ外面の儀式名目のみにして、交際の実は権威を争い利益をむさぼるに過ぎず。(中略)百巻の万国公法は数門の大砲にしかず、幾冊の和親条約は一箱の弾薬にしかず。大砲弾薬は、有る道理を主張するの備えに非ずして、無き道理を造るの器械なり。」
そう、福沢諭吉『通俗国権論』(明治11年)の一節である(文中の万国公法は今でいう国際法)。
福沢が「天は人の上に人を造らず」で始まる『学問のすゝめ・初編』を出版、ベストセラーとなったのは明治5年であった。
民権論の旗手はわずか六年で国権論者に転向していたのである。
福沢がめざした通り、日本は国権拡張・領土拡大を求めて帝国主義の道を突き進んだ。
最初の本格的な対外進出は明治27年の日清戦争で、成果として最初の植民地・台湾を獲得した。次いで37年の日露戦争ではサハリン南半部と旅順・大連、それにロシア所有の南満州鉄道(満鉄)を手に入れた。
19世紀から20世紀前半にかけては世界を帝国主義が席巻した。
欧米列強に日本も加わって、世界は利権と領土の争奪戦の場と化した。
それの行き着いた先が、第二次世界大戦だった。
兵器の発達は未曽有の惨禍をもたらした。
主戦場となった中国とソ連は2千万から3千万近く、ドイツは800万前後、日本も3百万を超える死者を生んだ。米国や英国も各30万人の戦死者を出した。
こうした人類史上最大の戦禍を前にして、戦勝国諸国も痛切な反省のうえに国連を結成、国連憲章(国際法の原則)を採択した。
「われら連合国の人民は、われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い」(前文)で始まる憲章は、第二条四項で次のように「行動の原則」を言明した。
「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇または武力の行使を、いかなる国の領土保全または政治的独立に対するものも……慎まなければならない。」
翌年に公布された日本国憲法もこの国連憲章の原則に立って第九条を定めた。
しかし今や、プーチンはすでに4年にわたって主権国家ウクライナを侵略し続け、トランプはこの新年そうそうベネズエラを急襲して大統領をニューヨークへ連れ去り、作戦は「第二次大戦後、最も華々しいものだった」と豪語し、「私には国際法は必要ない。私を止められるのは私自身の道徳だけだ」とうそぶいた。まさに福沢の「大砲弾薬(武力)は無き道理を造るの器械なり」を実行しているのである。
ところで、1月10日の朝日新聞に、「戦後という言葉を死語に」の見出しで保阪正康氏の大型インタビュー記事が掲載された。担当記者による結語はこうである。
「戦後で立ち止まることなく、それを一歩前に進めて普遍化する時代に入っている。戦後民主主義から戦後をとって、民主主義の確立を徹底する。『戦後の終焉』の真意はそんなところにあるように思える。」
第二次大戦から80年、「戦後」はたしかに長い。だがその「戦後」の歩みが超大国の独裁者たちによって抹消され、再び帝国主義の時代に引き戻されつつある。
その帝国主義も、かつての無法と貪欲をも上まわる、略奪と殺戮の〝強盗帝国主義〟だ。それに立ち向かうには「戦後」の原点である「国連憲章を守れ!」と叫び続け、その唱和を世界中にとどろかせてゆくほかない、と思う。であれば、「戦後」はまだまだ消すわけにいかないのである。
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