梅田正己のコラム【パンセ25】恐るべき対中国戦略

—―防衛官僚の「思考と想像力」を疑う


今年1月1日の琉球新報1面トップの記事を見て、一瞬、背筋が凍った。見出しは「中国と長期戦想定」。防衛省のシンクタンクである防衛研究所防衛政策研究室の高橋杉雄室長へのインタビュー記事である。3日にはその詳報が載った。

高橋氏はウクライナ戦争の解説者としてテレビで顔なじみの人である。しかし今回のインタビューの主題はウクライナ戦争ではない。見出しの通り、中国との戦争である。しかも戦場は沖縄(南西諸島)を想定している。

 
防衛政策研究室長は戦略策定の元締めだから、往年の日本軍でいえば参謀本部長に当たるだろうか。その戦略の責任者が、中国を「敵国」と想定して、「将来の戦闘様相を踏まえた我が国の戦闘構想/防衛戦略に関する研究」という報告書をまとめた。その上に立っての明真南斗記者によるインタビューである。

 

 ■「ゲーム感覚」の戦略論

 

 
周知のように、沖縄には在日米軍専有基地の70%が集中する。加えて自衛隊はこの数年、奄美大島はじめ沖縄本島、宮古島、石垣島から与那国島にいたる南西諸島にミサイル基地を配備しつつある。「台湾有事」が起こった際、それらの基地はどうなるのか、という記者の質問に、高橋氏はこう答える。

「中国が米軍の介入を阻止するため、南西諸島の飛行場や港湾をミサイルで攻撃すると考えられる。民間も含め、軍事的に使用できる施設が対象になる。無防備なら上陸して占拠しようとする可能性もある」

 
飛行場や港湾だけではなかろう。当然、ミサイルを発射できる軍事基地すべてが狙われるだろう。つまり、南西諸島全体が攻撃の対象となるにちがいない。沖縄戦の再現である。

 
しかし、高橋氏はそこまでには至るまい、と言う。なぜなら、

「中国は米軍や自衛隊が使える飛行場や港湾をピンポイントで狙える。民間人が意図して狙われることは基本的にないと想定している。基地従業員や空港職員ら、軍事目標となり得る施設にいる民間人が巻き込まれる可能性はある」

 
中国のミサイルは精度が高くピンポイントで攻撃するから、一般の民間人が攻撃を受ける心配はないというのだ。

 
では、今のウクライナはどうか? 発電所などインフラが攻撃され、ウクライナ全土の半分が停電の被害をこうむっているのではないか。

 
ウクライナだけではない。アフガンでも、イラクでも、シリアでも、軍事施設のみならず病院や学校、集合住宅などすべてが攻撃され、随所に廃墟を生じさせた。

 
高橋氏の戦略論は、どうも「ゲーム感覚」での戦略論に思えてならない。

 
同氏らの報告書では、中国の戦力は優位にあるので「そのミサイル攻撃そのものを阻止するのは難しい」ため、南西諸島の基地からのミサイルによる対艦攻撃などで中国海軍を海上で足止めする「統合海洋縦深防衛戦略」をとるのだという。したがって、戦場は海上が中心となるのだそうだ。

 
しかし、これも腑に落ちない。自衛隊と違って、中国軍は2000キロから3000キロは飛ぶ長射程ミサイルも装備しているだろう。何も海上からだけでなく、本土基地からも撃てるはずだ。なのに、どうして戦場を海上だけに限定できるのだろうか。これもゲーム感覚の戦略論である。

 

 ■半年~1年以上の長期戦!

 

 
戦争の発端となるのは「台湾有事」だとして、高橋氏はこう述べる。

「中国にとって台湾を侵攻する時に最大のアドバンテージがあるのは奇襲攻撃を行う最初の瞬間だ。(中国が)米軍への攻撃を控え、奇襲攻撃のアドバンテージを逆に米軍に譲ることは考えにくい。米国が介入しないと言ったとしても、有事になれば真っ先に狙うだろう」

 
この発言には二つの意味が込められている。一つは、中国はいつでも時間と場所を選んで台湾への奇襲攻撃ができるということ、いま一つは、その後に米軍の戦争介入は避けられないということだ。

 
まず前者から。中国軍は、たしかに奇襲攻撃はできるだろう。しかし短時日で全土を占拠することはできない。台湾は太平洋側を南北に連なる険阻な山岳地帯が占めている。そこには富士山を超える玉山など3000メートル級の高山がいくつもある。1895年に台湾を植民地にした日本が、そこに立てこもった原住民を飛行機まで繰り出してようやく屈服させたのは1930年のことだ(霧社事件)。

 
その台湾軍の戦闘に日米両軍も加わるのだから、中国軍による台湾の軍事占領はそう短期には終結せず、長期戦となる。そのことを高橋氏らの報告書は認めて、その後の推移をこう描く。

「軍全体で見れば中国の戦力は米国の7割程度だが、米軍は世界的に展開するため、中国大陸からグアムまでの地域に限れば中国が上回っている。ミサイル攻撃の能力を考えれば、短期決戦では中国が有利となる。しかし、半年~1年ほど時間を稼げば、他地域に配備されている米軍が駆けつけて日米が有利になる」

 
1991年の湾岸戦争時、フセインのイラクを屈服させるため、米国が半年近くをかけて50万の大軍を湾岸地域に集結させた事例を思い出す。しかし今回の対戦国はイラクではない。中国である。

 
「半年から1年ほど時間を稼げば」というのも引っかかる。沖縄戦での日米両軍の戦闘は、実質3カ月で終わった。しかし台湾ではその倍から4倍以上も戦闘が続く、と想定しているのである。戦略論とはいえ、こうした事態を冷静に想定し、思考することは、私などには耐えがたい。

 

 ■「軍事専門家」の落とし穴

 

 
記事では触れられていなかったが、私にはもう一つ引っかかることがある。中国との戦争が、南西諸島だけですむのかという問題だ。

 
中国と日本の間には、消したくとも消せない歴史の記憶がある。日清戦争(1894―5年)はおくとしても、1928年の山東出兵から満州事変、日中全面戦争、そしてアジア太平洋戦争までの17年にわたる日本の中国侵略である。とくに日中全面戦争以降、日本は中国に100万の軍を張り付け、その全土を軍靴で踏み荒らした。南京大虐殺をはじめ無数の残虐行為も重ねた。

 
中国各地に残る記念碑を見るまでもなく、その負の記憶は中国の人々のなかに深く刻まれている。その中国と、いままた日本は戦火を交えようとして、その戦闘準備にとりくんでいるのである。この事態をどう考えたらいいのか。

 
いったん戦争に突入すれば、両国国民のナショナリズムは激しく燃え上がるだろう。中国の人々のその激烈さは、尖閣問題の衝突のさい、中国で日本人経営の店舗が破壊と略奪の対象となったことを見てもわかる。

 
ウクライナでも、あれだけの戦災をこうむりながらも国民の9割が「勝利の日まで」の戦争継続を支持している。火をつけられたナショナリズムは、もはや手を付けられない。

 
であれば、いったん火ぶたを切った中国との戦争が、どうして南西諸島だけで収まるだろうか。日本列島には自衛隊の基地が全国各地に点在している。その中には、佐世保、岩国、横須賀、横田、三沢など米軍基地も含まれる。そこには日米双方の軍隊が訓練を重ねながら待機している。それなのに、南西諸島が戦火に巻かれるのを黙って見捨てておけるだろうか。また、国民が横目で眺めておれるだろうか。

 
攻撃は反撃を生み、反撃は再攻撃を招く。敵意は敵意を呼び、憎悪は憎悪を拡張する。相互の国民感情がぶつかりあう中で、南西諸島での戦闘は容易に全面戦争へと広がってゆくだろう。

 
防衛研究所の戦略には、こうした国民感情をめぐる負の弁証法についての視点がみえない。「図上演習」による戦術論だけでは、戦争は語れない。沖縄戦と合わせ、日中戦争がいかなる錯誤のうえに遂行され、いかなる結末を迎えたか、もう一度、学ぶ必要があるのではないだろうか。(2023・1・8記)

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