アジア新風土記(31)台湾・粽(ちまき)と芒果(マンゴー)



著者紹介

津田 邦宏(つだ・くにひろ)

1946年東京生まれ。早稲田大学法学部卒業。72年、朝日新聞社入社。香港支局長、アジア総局長(バンコク)を務める。著書に『観光コースでない香港・マカオ』『私の台湾見聞記』『沖縄処分―台湾引揚者の悲哀』(以上、高文研)『香港返還』(杉山書店)などがある。



6月の台湾はなかなか悩ましい。
高温多湿の気分の晴れない日が続くが、端午節の粽(ちまき)に
芒果(マンゴー)が出回る時でもある。
好きか嫌いかと聞かれても、一概に答えられない月だ。


台北の空はこのころ、日に日に強くなっていく陽光に圧倒されていく。
気温は30度前後まで上がり、雨もよく降って台風が時々追い打ちをかける。

新聞、テレビが暑くてじめじめした日に「悶熱」という言葉を
使い出すこの時期は、病、毒虫被害などが頻繁に発生して「毒月」
あるいは「悪月」とも呼ばれて忌み嫌われていたという。

「毒月」の最中に旧暦5月5日の端午節がくる。
2022年は6月3日だった。


台北市内の市場界隈には端午節にあわせた菖蒲、蓬が姿を見せるようになる。
毒気を避けて無病息災を願う節句ともいわれる端午節には香りの強い菖蒲、
蓬などで邪気を払うとされてきたからだ。通りには縁台ができ、
菖蒲などが積み重ねられ、買い物客らが待ちかねたように手にしていく。



台北に端午節が近づくと通りは菖蒲、蓬であふれる。

菖蒲は形が刀に似ていることから「水剣」の別名を持ち、家々の玄関先に飾る。
蓬も万病を直すという言い伝えがあり、入口に挿しておく。


縁台の菖蒲、蓬をじっと見つめている人たちを眺めていると、
香港の春節(旧正月)前、花市場で桃の花を選ぶ人たちを思い出す。
一年の運勢を桃花の咲き具合でみようとする人たちの熱いまなざしに
どこか通じるものがあるような気がした。


日本は5月5日が端午節になっているが「子供の日」のイメージが強く、
影が薄い。薫風に鯉のぼりが泳ぐ爽やかな日に健康祈願などは忘れがちだ。

地方にはまだ昔からの風習を残すところが少なくないが、
新暦とリンクしなくなった折々の行事は次第に消えていくのかもしれない。
梅雨時であれば、菖蒲に無病息災を託す気持ちにもより切実感が増してくる
のではないかとも思う。


菖蒲などの由来を『屈原』(目加田誠著、岩波新書、1967年)にみる。
6世紀の中国・六朝梁時代の『荊楚歳時記』には5月5日の浴蘭節
(蘭の香をつけた湯に浴する日)、人々が蓬をとって門戸の上に
かけて邪気を払い、水辺では舟を漕いで競争したとある。
ドラゴンボート(龍舟)の始まりだ。


端午節には粽(ちまき)も欠かせない。
5~6世紀の梁の『続斉諧記』は楚の政治家屈原の
入水自殺との関係を伝える。

「屈原が五月五日に汨羅(汨羅江、湖南省の川=筆者注)の水に
身を投げたので、楚国の人々はこれを憐れみ、この日になると、
竹の筒に米に入れ、水に投げてこれを祭った」(『屈原』)。
竹筒の食べ物は蛟龍(古代の想像上の動物、水中に棲む)に
盗まれるので、楝(おうち=センダン)の葉で包み糸で
縛って粽にしたという。



台湾料理、大陸料理などのレストランがこの日に合わせて
独自の味付けをして売り出す粽は見逃せない。

台北のグルメ街、永康街の上海料理店「高記」の店先でも出来立ての粽で
道行く人を誘っていた。客たちもそれぞれ贔屓の店があるのか、なかなか
浮気をしない。店員と客とのちょっとした掛け合いもまた楽しい。

「高記」の粽。「包粽(粽を包む)」の発音が試験に合格する「包中」に近いことから縁起物にもなるという。

永康街の西、中正紀念堂近くの南門市場には湖南省の湖洲粽子が売りの店が
あった。地下1階の総菜売り場内の「南園食品」は端午節には行列ができる。
だれもが人気の甘辛い鶏肉の鮮肉粽、あんこ餅の豆沙粽を手に入れるまでは
待ち時間など気にしていなかった。


上海料理店「高記」のポスター。どれを買うか、見れば見るほど迷う。

「南煮北蒸」という言葉があるように南部と北部では作り方が違う。
南部ではもち米と豚肉、シイタケ、落花生、ピータンなどを一緒に煮る。
北部ではもち米を少し炒めた後、具材を入れて蒸すという。ど
ちらを好むかは人それぞれだろう。





端午節のころ、いま一つ心待ちにするものがある。
芒果だ。粽を食べながら芒果がなぜか恋しくなる。
粽と芒果に因果関係はなく、この感覚は私独りだけの思いのような気がして、
友人らに話すことはなかった。

台湾の現代詩人として知られ、
台湾食文化にも詳しい焦桐(ジアオ・トン)氏による
味の台湾』(川浩二訳、みすず書房、2021年)にある
「焼肉粽〈肉入りチマキ〉」の一節は、まさに「我が意を得たり」だった。

「チマキを食べ終わるころには、いつも季節を迎える地ものの
マンゴーを食べたいという欲求が湧きあがってくる。
台湾のチマキがことに魅惑的に思える原因の一部は、地もののマンゴー、
天下無双のマンゴーの滋味とつながっていることにもあるのではないだろうか」

焦氏の粽と芒果のつながりについての感性はわからないし、
私なりの心惹かれる思いの説明も難しいのだが、粽から芒果への
連想に心が弾んだ。


台湾芒果の逸品、愛文芒果(アップルマンゴー)は、
台湾中部の町、玉井が代表的な産地だ。


台南から中央山脈に向かってバスで1時間ほど走ると
阿里山山系の山懐に芒果畑が広がり、「芒果的故郷」の看板が
目につくようになる。
最盛期は少し過ぎていたが、町の大通りから少し奥まったところの
青果市場には、芒果が40個から50個入った籠が無造作にいくつも
並べられていた。
コンクリートの土間に置かれた籠はいまにも弾き出しそうな
芒果たちで溢れ、どれもが瑞々しい輝きを放っていた。

1個の重さは400~600グラムで、1つの籠が1500台湾ドル(約6800円)
前後で取引される。
米国原産の愛文芒果はこの地で改良され、芒果畑の半数近くを
占めているという。
市場脇の食堂の主人は、砂岩質の土壌の水はけのよさと
冬の開花期の気温が合っていると説明してくれた。


玉井の市場に並んだアップルマンゴー。かじりつきたくなった。



青果市場にはタイマンゴーの仲間で一回り大きい黄色の金煌芒果に
萬清香芒果(ブルーマンゴー)なども揃って、まるで芒果の博覧会
みたいだった。
台南だけでなく、台北、高尾からも大量に買い付けに来る商人もいれば、
観光客が立ち寄ることも多いと聞いた。


芒果冰(かき氷)は台南・玉井老街に30年前に登場したのが最初といわれ、
台北はじめ台湾の夏になくてはならないものになった。
玉井の青果市場食堂と台北の喫茶店で食べたことがある。
美味しさは生産地の芒果冰という想いが強いのか、玉井に軍配を挙げたくなる。

粽、芒果を堪能して芒果冰に暑さを忘れる「毒月」と思えば、
それもまた悪くはない。

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