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アジア新風土記(130)タニワタリ

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著者紹介 津田 邦宏(つだ・くにひろ) 1946年東京生まれ。早稲田大学法学部卒業。72年、朝日新聞社入社。香港支局長、アジア総局長(バンコク)を務める。著書に『観光コースでない香港・マカオ』『私の台湾見聞記』『沖縄処分―台湾引揚者の悲哀』(以上、高文研)『香港返還』(杉山書店)などがある。 |
華人で溢れるアジアの街はどこを歩いても決まって中華料理の店があった。
香港に生活していた時も、シンガポールにいた時も、北方の北京料理から上海、四川、広東料理と多様な味を堪能する機会に事欠かなかった。
台湾先住民の料理には出会うことはなかった。
台湾中部、霧社の町は日が暮れるとひっそりと山の中に沈んでいく。
一本のバス道を挟んで両側に家々が並ぶ町は数軒の店が開いているだけだった。
小さな食堂に入る。メニューの見慣れた台湾料理に「炒山蘇」を見つける。
先住民がよく使うタニワタリを調理した炒め物だ。
女将は見知らぬ旅人が炒山蘇を一番に注文したので驚いた顔をしていた。
味はあっさりとしてしっかりとした味わいを口に残した。
大陸からの漢人が山間深く入り込むよりはるか昔から、先住の人たちは山々の動物を狩り、植物を採取して満ち足りた暮らしをしていたのではないか。
素朴な味を楽しみながらそんなことを思ってもみたりした。
食堂の灯りを背に道路に出ると辺りに人通りはなかった。
先住民の町に足を運んで食堂に入り、この場所に相応しい先住民の料理を食べたという満足感が心を和ませ、日本統治時代に先住民セデック族が武装蜂起した町だということをしばし、忘れさせた。(『アジア新風土記39』参照)
タニワタリ
タニワタリはシダ科の植物で森林内の樹木、岩などに着生する。
オオタニワタリとも呼ばれ、台湾から日本の南部にかけて自生している。
気候の寒冷なところでは地上から生えるものもある。
食材と知って市場などを注意していると、時々見かける。
市街地よりは郊外の山手に見ることが多い。春の盛りのころ、台北の西の外れにアブラギリ(油桐)の白い花を眺めに行ったときは山道の露店にワラビ、ゼンマイなどの山菜、タケノコ、キノコに交じってタニワタリが束になっていた。
台湾東海岸の花蓮から南西に広がる吉安郷のアミ族の集落近くに見たタニワタリは着生した木を凌駕するかのような勢いだった。
炒山蘇として食堂のテーブルに並ぶ姿からは想像もできない堂々とした姿だった。
吉安郷には夕方になると先住民の食材を売る市場の立つことを後に知る。
ワラビ、タケノコ、檳榔(びんろう)の新芽部分の檳榔芯などの「野菜」で一杯になると聞いた。
中国語では日本語の山菜を意味しており、日本で言う野菜は「青菜」「蔬菜」となる。
山間のの露店に新鮮な野菜、山菜が並んだ
タニワタリは一束50台湾ドル(約250円)だった
檳榔林
檳榔は檳榔芯だけでなく種子の部分である檳榔子も先住民の暮らしに深く関わっている。東部のアミ族の女性は意中の男性の「情人袋(檳榔袋)」に檳榔子を入れて愛を告白し、蘭嶼島のタオ族では友情の証として使われる。
南西部に暮らすシラヤ族の慣習には祖先とのコミュニケーションを取る時には檳榔子を仲立ちにするという。
檳榔子をつくる
檳榔子はキンマ(コショウ科)の葉と一緒に噛む。頭がスッキリする効果があり、長距離ドライバーらが眠気覚ましによく利用する。ただ、覚醒効果が健康に悪影響を与えるとして販売規制などが起きている。唾液は赤くなり、台北では路上への吐き出しを禁止しているが、地方都市ではまだ見かける。
石板烤肉は主に東南部のパイワン族、ルカイ族の料理で、普通はイノシシ、シカの肉を焼いて馬告(マーガオ、山胡椒)などのスパイスを加えるとされている。
台東の夜市で見つけた「原住民石板烤肉」の屋台は豚肉だった。
コショウはアオモジ(クスノキ科)の実である馬告だったかはわからないが、一緒に炒めたタマネギとの味は絶妙だった。屋台の主人はプユマ族とアミ族の混血といった。
黒い石板は厚さ6センチほどで熱に強い片麻岩か。
中央山脈の奥懐で採石され、パイワン族の知人から購入したと話してくれた。
味覚を引き出すには石の材質、厚さが関係するのだろうが、味に気を取られて石板の良し悪しを聞き洩らした。
台東の石板烤肉の屋台。主人はあまり商売っ気はなかった
粟(小米)もまた先住民の食生活になくてはならないものだった。
パイワン族は粟を霊性を持つ種子と考え、播種、収穫などのときにそれぞれの儀式、禁忌を持つという。
台東からさらに南の卑南郷・利嘉渓の河原で7月に行われたルカイ族タロマク部落の豊年祭は「小米収穫祭」と呼ばれていた。
クマタカの羽と白百合の被りをつけた頭目が上空で交差させた4本の長竹の根元で豊穣を祈り、男衆が空に向かって猟銃を放ち、黒地に繍花の上着姿の少年たち、深紅の繍衣に着飾った少女たちの踊りが続いた。
豊年祭。長竹の先端には猟銃と白百合が括り付けられていた
少女たちの衣装、踊りは華やかだった
先住民は2026年7月30日、シラヤ族が新たに政府認定されて17民族となる。ほかに地方自治体の認定する2民族がいる。
西海岸は一般に「平埔族」と総称され、漢人との混血が進んだ。
東部は漢人の進出が遅れたこともあって、アミ族、タイヤル族など独自の文化を残す。2月の内政部統計処発表では登録人数は63万人。
最も多いアミ族は23万5千人、続いてパイワン族の11万4千人となっている。
先住民の主体性を確認する動きは、台湾人が大陸の中国人とは異なるアイデンティティーを意識するにつれ活発化していった。
台湾が多様な社会を目指すとき、先住民も自ずと「異なる他者」として対応していかなければならなかった。
台湾社会にとって先住民はどのような存在なのかと考える。
総人口2300万人の3パーセントに満たなくても漢人との結婚を通じてそのDNAは確実に多くの人々に受け継がれている。
「台湾人」の性格形成に与えた影響は少なくないのではないか。
8月1日は毎年「先住民族の日」として各地で音楽会、イベントなどが開かれる。
05年に制定され、16年のこの日には蔡英文総統が
「過去400年間、歴代政権は武力弾圧、土地収奪によって先住民族の権利を奪ってきた」「皆様が受けてきた苦痛、不公平な待遇に政府を代表してお詫びします」
と謝罪した。
不公平是正の問題は山積している。
収奪された土地の返還一つをとっても、官有林となっている山野をどのように返すかなど解決への道筋は容易には見つからない。
「採るな」という注意書きも目に留まったが、炒め物にでもしたのだろうか。
台湾ではいま、健康志向に合わせてヘルシーな「野菜」を求める人が増えている。「タニワタリ愛好家」がここまできたのかと思うことにした。
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