アジア新風土記(45)「新型コロナ3年」



著者紹介

津田 邦宏(つだ・くにひろ)

1946年東京生まれ。早稲田大学法学部卒業。72年、朝日新聞社入社。香港支局長、アジア総局長(バンコク)を務める。著書に『観光コースでない香港・マカオ』『私の台湾見聞記』『沖縄処分―台湾引揚者の悲哀』(以上、高文研)『香港返還』(杉山書店)などがある。




2019年12月に中国・武漢から「新しい肺炎」の発生が報じられ、中国政府が2020年1月9日、新型コロナウイルス感染症のウイルス検出を公表してから3年が経った。


世界保健機関(WHO)が2月11日に「COVID-19」と命名したこの新型コロナはいまも世界各地で感染者が増え続けているものの、重症化リスクが少ないとされるオミクロン株による感染が大半を占めるようになり、国際社会では人とウイルスが共存する「ウィズコロナ」の考え方が浸透してきた。

一方で中国は厳しい「ゼロコロナ」政策に若者を中心とした市民の反発、デモが相次ぎ、大幅な緩和政策へと舵を切らざるを得なくなり、2023年1月8日からは入国者に義務づけていた隔離措置を撤廃する。

しかし、感染拡大に歯止めはかからず、衛生当局は14日、2022年12月8日から2023年1月12日にかけての関連死者数が5万9938人だったと明らかにした。22日からの旧正月(春節)は帰郷ラッシュで感染者がさらに増える恐れさえある。
WHOは中国は実態を過小報告しているとの見解を示し、米国、日本などは中国人の入国を厳格化する方針を打ち出した。


完全な終息への道筋はまだ見えてこない。新たな変異株の可能性は依然として残る。
原因、発生源、感染経路についても不明なところは多い。

発生源は2012年に雲南省昆明から南西約250ロの銅鉱山で遺伝子配列が96.2%重なる近縁種「RaTG13」が検出されたことで、コウモリの自然宿主説が有力とされるが、断定までにはいたっていない。


最近の感染症の増大は地球環境の変化によることが大きいとされ、特に世界で約40億ヘクタール以上を占める森林面積の減少による影響が懸念されている。
森林への大規模な農業進出、「ブッシュフード」と呼ばれる野生動物の売買などは、人と森林に棲む野生生物との距離を縮め、野生生物が元々持っているウイルスの人への伝播に繋がっていく。


世界自然保護基金(WWF)の「新型コロナ危機:人と自然を守るための緊急要請」(2020年6月)は一例として1998年にマレーシアで確認され、105人の死者を出したニパウイルスを挙げる。
マレーシアでは1980年から1990年代にかけてシンガポールの養豚及びブロイラーの飼育禁止に伴って豚肉の輸出が拡大、飼育場は市街地から山間部へと広がった。
養豚業者は飼育場近くでマンゴーを栽培することも多く、森に棲むウイルス宿主のオオコウモリを引き寄せた。豚がコウモリの唾液、尿で汚染された果実を食べ、ウイルスが拡散した。

社会のグルーバル化に伴う人の移動の加速度的な増加もある。国際民間航空機関(ICAO)の統計などによれば、2000年には5億人ほどだった国際線乗客数は2019年には18億人を超えた。


「新型コロナ危機:人と自然を守るための緊急要請」は人への感染が確認されたウイルスの累積発見数が100年前の10前後から重症急性呼吸器症候群(SARS)が起きた2002年には170を超え、2020年には200以上になったと報告する。
毎年3~4の新たな感染症が発生し、多くは動物に由来し、過去30年では6~7割に上るとも指摘している。

SARSは2002年11月に中国南部で最初の症例が見つかってから2003年7月のWHOによる終息宣言まで中国、香港、ベトナムなどで8096人が感染、774人が死亡した。
ウイルスは広東省の市場で取引されていたハクビシン、タヌキが中間宿主、キクガシラコウモリが自然宿主と推定された。2012年にはサウジアラビアでヒトコブラクダが有力な宿主とされる中東呼吸器症候群(MERS)が発生、ニワトリなどの家禽類以外のあらゆる野生動物が宿主になり得ることを裏付ける。
2022年8月にも中国東部の山東省と河南省でトガリネズミが自然宿主とみられる新種のウイルス「狼牙ヘニパウイルス(LayV)」が発見され、住民ら35人の感染が伝えられている。

人と動物に共通する感染症「人獣共通感染症」の脅威を、香港に住んでいた1997年に初めて身近に感じた。この年の5月、3歳の男児が従来は鳥からしか発見されなかった鳥インフルエンザウイルス「H5N1」によって死亡する。
12月には「H5N1」に感染した幼女と遊んでいたいとこ2人にも疑いが出て「人から人」への可能性が初めて確認された。
「鳥から人まで」の範囲に抑え込んでいた「防波堤」が破られたような感覚だった。
「H5N1」はその後も東南アジアを中心に散発的に発生している。


鳥インフルエンザは元々は野生のカモが持っているウイルスだ。家禽への感染は常態化しており、日本では2022年秋から2023年1月中旬までに23道県で確認され、過去最多の1100万羽以上のニワトリが殺処分されている。
人から人にうつる変異株がいつ現れてもおかしくない状況が続く。

米国国際開発局のデニス・キャロル元新興感染症室長は「H5N1という鳥インフルエンザは感染した人の50~60%が死亡する強毒性です。
新型コロナウイルス感染者の死亡率は約0.05%。その差は実に1千倍です」と話す。
(NHK特集『次のパンデミックを防げ』22年12月11日)


感染症の恐怖の一つに、マラリア、狂犬病などの既知の感染症がすべて克服されていないことがある。
天然痘のように撲滅宣言を出した例は稀で、台湾では2013年、狂犬病が最後の発生から52年経って再び現れた。
イタチアナグマ3匹の感染が確認されたものの、ほどなく自然消滅して拡大することはなかった。大陸からの流入説、動物体内の長期潜伏説などがいわれたが、結論は出なかった。


狂犬病は紀元前に確認されながら現在まで治療法は確立されていない。
社会の危機意識も薄く、台湾の狂犬病再発生も台湾以外では大きなニュースにはならなかった。
WHOの2017年の推計によると世界全体の年間死者数は5万9千人。
アジアが圧倒的に多く、インド、中国、インドネシアなどで3万5千人を占めている。


文明がどれだけ発達しても狂犬病という古典的な疫病がなお存在し、鳥インフルエンザは家禽と共生してきたアジアの人たちの暮らし方への挑戦を続け、そして新型コロナが発生した。

人々の生活スタイルが自然の生態系を破壊していく姿は、アジアにとどまらず世界中で顕在化している。

新たなウイルスはいつかまたパンデミックを起こすだろう。「ヒト」の弱さを改めて思い知る。

SHARE シェアする

このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 高文研ツイッター

  • 日本ミツバチ巣箱

  • 紀伊國屋書店BookWebPro

  • 梅田正己のコラム【パンセ】《「建国の日」を考える》

  • アジアの本の会

  • 平和の棚の会

  • おきなわ百話

  • 津田邦宏のアジア新風土記