梅田正己のコラム【パンセ23】「Jアラート」を嗤う

11月3日朝の7時50分、突如テレビの画面が切りかわった。アナウンサーは北朝鮮のミサイル発射を告げ、「直ちに建物の中か地下へ避難してください」をくり返した。

 8時には「7時48分ごろ太平洋へ通過したとみられます」と伝えたが「Jアラート」は消えず、CMもはずして8時半まで続いた。

 

 
この時のミサイルは日本列島を越えることなく中途で消失したが、1カ月前の10月4日のミサイルは青森付近の上空を通過、太平洋の東方海上に落下した。高度1000キロ、飛距離4600キロと伝えられた。

発射時刻は7時22分、落下時刻は同44分というから、22分間(1320秒間)で4600キロを飛んだのである。音速は330メートルだから、割り算をすると、秒速3・48キロ、つまりほぼマッハ4で飛行したことになる。

 

大型ジェット旅客機が飛ぶのは高度1万メートル、つまり10キロで、その10倍=100キロまでが大気圏、その4倍=400キロの宇宙空間を国際宇宙ステーションが周回している。北朝鮮のミサイルはそれよりさらに2.5倍も高い1000キロの宇宙空間を、マッハ4で飛んだわけである。

 

「Jアラート」は、日本語にすると老年には忘れられない「空襲警報発令!」である。敗戦の年、私は国民学校(小学校)4年生だったが、「警戒警報」のサイレンが鳴るとただちに授業を中断、担任に引率されて校庭のはずれに掘られた横穴防空壕へ急いだものだった。

当時、米軍機は肉眼で見えたが、今や真空の宇宙空間を流星のように飛び去るミサイルの弾頭が見えるはずもない。その見えないミサイルに向かって、地上で「空襲警報」を発令、建物の中や地下への避難を呼びかけているのである。マンガにもならない。


         *

ところで、この小文の標題「嗤う」は、ご承知かと思うが信濃毎日新聞の主筆だった桐生悠々の社説「関東防空演習を嗤ふ」から引いた。

悠々は1933(昭和8)年8月の関東防空大演習に際して、敵機の空爆を受ければ木造家屋の東京は「一挙にして焦土となる」と警告、重要なのは空襲そのものを敵機来襲の手前で防ぐことだと書いて「反軍的言論」を理由に信毎を追われた。その後、悠々は太平洋戦争開戦の年、41年に没するが、その指摘は4年後、日本全土で数百回にわたって実証された。

米軍のB29爆撃機の大編隊による焼夷弾(ナパーム弾)の豪雨の前に、バケツリレーなどはまったく無力だった。宇宙空間を飛んでその位置も方角もわからぬミサイルに対しての「空襲警報」も、ジョーク以前である。


        *

それにしても、聞いてみたい。Jアラートの発出を所管する総務省・消防庁は、北朝鮮のミサイルがほんとに日本に撃ち込まれると思っているのだろうか? では、北朝鮮はいかなる理由、いかなる目的で、いかなる「利益」を求めて、日本にミサイルを撃ち込んでくるというのだろうか?

 

今から15年前、2007年2月、北朝鮮を含め日米中韓露の6カ国による協議が合意に達した。その「合意文書」Ⅱの4項にはこう書かれていた。

「4.朝鮮民主主義人民共和国と日本国は、平壌宣言に従って不幸な過去を清算し懸案事項を解決することを基礎として、国交を正常化するための措置をとるため、二国間の協議を開始する」

 

 
では「日朝平壌宣言」とはどういうものだったか。2002年9月、両国を代表して、金正日と小泉純一郎の名で発表されたこの「宣言」には、こう記されていた。

「2.日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大な損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明した。

 
双方は(日本側が北朝鮮に対して)無償資金協力、低金利の長期借款供与および国際機関を通じた人道主義的支援等の経済協力を実施し・・・国交正常化交渉において、経済協力の具体的な規模と内容を誠実に協議することとした。」

 

6カ国協議は、残念ながら米国の翻意によって頓挫したが、15年前には日朝両国はここに見るような「合意」に達していたのである。

「平壌宣言」には日本側による「無償資金協力、低金利の長期借款供与」という文言があった。これは1965年に結ばれた日韓請求権協定の文言をベースにしたものである。つまり日本は、かつて韓国に対して行なった経済協力を、北朝鮮に対しても実行することを誓約していたのである。

 

北朝鮮にとって、この20年来の最大の課題は、国際的制裁の解除と産業の復興、そのための資金協力である。


その経済協力を、日本政府は約束し、北朝鮮政府はそれを受け入れていた。その日本に対して、北朝鮮がミサイルを撃ち込んでくることなどあるはずはないのである。                         (了)

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