梅田正己のコラム【パンセ20】北朝鮮ICBM「火星17」の実験成功が意味するもの

3月24日、北朝鮮が4年半ぶりにICBM(大陸間弾道ミサイル)を発射した。
次の一節は27日の朝日新聞社説の冒頭部分である。

 「辛うじてつながっていた米国との関係を壊し、
     自らを苦境に追いやる愚挙というほかない。」

 はたして「愚挙」の一語で片付けられるのだろうか。

 

テレビで見たそのミサイル――11輪の特大のタイヤをもつ移動式発射台に載せられた「火星17」号の大きさにはたしかに驚いた。前に立つ人物たちがまるで子供のように小さく見える。

 
全長23メートル、直径2メートルを超すその巨体から、韓国メディアは「モンスター」と呼んだという。

 

 
今回のミサイルは垂直に打ち上げ、最高高度は6000キロまで達したというが、これを通常の角度で発射したとすれば1万5000キロにまで達する飛行能力を持つという。

 
最近ロシア軍がウクライナで使ったといわれる極超音速ミサイルは大気中を飛ぶが、大陸間弾道ミサイルは大気圏を突きぬけて真空の宇宙空間を慣性の力だけで飛ぶ。その速度は音速の10倍から20倍にも及ぶという。

 
音速は、秒速330メートル(0.33キロ)だから、仮にその10倍だとすると秒速3.3キロ、1万5000キロを約4545秒で飛べることになる。つまり約76分である。

 
前回の「火星15」号は飛行距離1万キロで、ようやくアメリカ大陸に達する程度だったが、今回は1万5000キロだから、大陸の東海岸にまで達する飛行能力を持っていることになる。

 
つまり、発射からわずか1時間16分でワシントンやニューヨークまで届くことになる。そんな「モンスター」を中途で迎撃して撃ち落とすことなどできるわけはない。

 
今回の発射実験を聞いて、ビクター・チャ元米国安全保障会議アジア部長は、「米国本土の安全保障にとって本物の脅威となる」と語ったという(26日付朝日)。それで同記事の見出しも「米本土に『本物の脅威』」となっていた。

 

 
周知のように、北朝鮮と米国は1991年に冷戦が終わったあとも、いまなお潜在的交戦状態にある。北朝鮮とすれば、米国との休戦条約を解消し、平和条約を結んで早く国際的制裁状態から抜け出し、経済の立て直しにとりくみたいが、肝心の米国が交渉のテーブルについてくれない。

 
では、どうしたら米国を、交渉の場に引き出すことが出来るか。

 

 
唯一の道は、米国を交渉に応じざるを得ない状況に立たせることだ。

 
つまり、米国の尻に火を付けることだ。

 
そこで、国力で圧倒的に劣る北朝鮮が考えたのが、ミサイルと核兵器の開発だった。そのミサイルも、米本土にまで届く能力をもつものでなければならない。

 

 
そのため北朝鮮は、国際的な非難を浴びながらも、ノドンから始まってミサイルの開発に全力を傾けてきた。

 
そしてついに、米国全土を射程におさめるICBMの開発に成功した。北朝鮮のミサイルがいまや米国の「本物の脅威」となったのである。

 
この北朝鮮の「挑戦状」に、どう応えるか。それがバイデン政権にとって、ウクライナ問題とともに避けることのできない問題となった。

 

 
2017年11月、北朝鮮が米国本土に到達できるミサイル「火星15」の開発に成功すると、トランプ前大統領は、金正恩総書記との直接交渉に踏み切った。

 
ついに米朝会談が実現、東アジアの「雪解け」がはじまると世界は期待した。

 
その後も会談は重ねられたが、結局は尻すぼみに終わった。なぜか。

 

 
かつて「世界の警察官」を自任した米国は、いまも東アジアでは圧倒的な軍事力を保持している。日本に5万、韓国に3万の兵力を駐留させている米国は、いまもって軍事的覇権主義を撤回してはいない。

 
その米国を盟主とする軍事同盟の直近の「仮想敵国」が、北朝鮮である。したがって日本政府は、米国の要求に応じて日本海でのイージス艦の配備を増強し、また北朝鮮ミサイルの迎撃用ミサイル基地、イージス・アショアを山口と秋田の日本海岸に設置しようとしたのだった。(先の北朝鮮のICBMのけたはずれの性能からすれば、いずれも笑うべき国税の無駄遣いだったが)

 

 
米国の北朝鮮との和平は、当然、こうした米国の東アジア外交戦略の基本的転換をもたらすことになる。

 
しかし、「アメリカ・ファースト!」「メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン!」をひとつ覚えのごとく呼号し、一方、日本を含む同盟国に軍事費の増額を求めるだけで、新たな国際秩序を構築する積極的な構想を持ち合わせなかったトランプは、中途で腰くだけとなり、せっかく始めた金正恩との交渉をうやむやのうちに終わらせてしまったのである。

 

 
そしていま、バイデン大統領は北朝鮮の「本物の脅威」と直面することとなった。「本物のモンスター」プーチンとの戦争がどうなるか、予断を許さないが、バイデン大統領が「火星17」の発射実験の成功にも正面からの対応を問われているのはまちがいない。

 
新聞報道によると、バイデン政権は、北朝鮮に対しては段階的な非核化をめざす「現実的なアプローチ」をとっているという。

 
しかしその実質的な政策は、「現状維持の意味合いが大きかった」と元CIAの上席分析官が語ったという(上記、朝日の記事)。

 

 
近く4月15日、北朝鮮は故金日成主席の生誕110周年の記念日を迎えるという。今回の「火星17」の発射実験も、その日を予定に入れてのデモンストレーションだったにちがいない。

 
では、バイデン政権はどうするか。

 
少なくとも、毎年、恒例として実施している米韓合同軍事演習を延期するくらいのことは決断できるのではないか。トランプの二の舞いはすまい、と思っているならば、だが。(了)

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