| 沖縄の海兵隊はグアムへ行く【立ち読みコーナー】 | |||||
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著者 吉田健正(よしだ・けんせい) 1941(昭和16)年、沖縄県に生れる。ミズーリ大学と同大学院でジャーナリズムを専攻。沖縄タイムス、AP通信東京支社、ニューズウィーク東京支局、在日カナダ大使館を経て、桜美林大学国際学部教授。2006年に退職後、沖縄に帰郷した。 主な著書に『国際平和維持活動――ミドルパワー・カナダの国際貢献』(彩流社)、『カナダはなぜイラク戦争に参戦しなかったのか』(高文研)、『戦争はペテンだ――バトラー将軍にみる沖縄と日米地位協定』(七つ森書館)、『軍事植民地・沖縄──日本本土との温度差の正体』(高文研)など。 ■はじめに 普天間基地移設問題が、民主党政権を揺るがしている。 現行の日米安保条約が締結されて五〇年、普天間問題は日米同盟の喉元に深く突き刺さったトゲとなった。 だがここに、奇妙な事態が進行している。 二〇〇六年五月、日米両政府は前年一〇月の合意文書「日米同盟獄「来のための再編と変革」にもとづく「在日米軍再編実施のためのロードマップ」合意を発表した。 そこでは、沖縄の米海兵隊の要員八〇〇〇名とその家族九〇〇〇名がグアムに移転することが確約された。 ただし、その海兵隊員八〇〇〇名はすべて指揮部隊・司令部要員である。したがって沖縄に残るのは、実戦部隊だけとなる。 ところがこの「ロードマップ」合意からわずか二か月後の〇六年七月、米太平洋軍による「グアム統合軍事開発計画」なるものが発表された。米国領グアムをアジア太平洋の一大軍事拠点として拡張・整備するという計画である。 二年後の〇八年四月、この計画は米海軍省により「グアム統合マスタープラン」として確定され、翌〇九年一一月、このマスタープランを実行するための「環境影響評価案」(環境アセスメント案)が公表された。 グアムには現在、広大なアンダーセン空軍基地が存在する。普天間海兵隊航空基地の一三倍、嘉手納空軍基地の四倍の広さをもつこの空軍基地の東側と西側には、それぞれ長い二本の滑走路がそなわっている。 このアンダーセン空軍基地について、「環境影響評価案」はこう述べている。 「場所的に制約はあるものの、アンダーセン空軍基地は(飛行場機能の)適合性と基準のすべてを満たした。唯一の理にかなった選択肢である。この国防総省の現存飛行場は、沖縄から移転することになっている航空機を受け入れるだけの十分なスペースをもつ」(第二巻第二章) 「海兵隊の飛行場機能要件は、アンダーセン空軍基地の現存飛行場で対応する」(同) 普天間問題が民主党新政権の命運を制しかねない大問題となる一方で、当の米軍は再編についての検討を重ね、公式の文書の中でこのような「評価」を下しているのである。 この引用から分かるように、普天間基地移設問題にとって、この「環境影響評価案」は重大な意味をもつ。しかも「環境影響評価案」には、沖縄からグアムに移駐する海兵隊のための射撃演習場や都市型戦闘訓練場などの建設計画も入っている。そしてそれは、インターネットで公表されている。 それなのに、この事実はマスメディアでまったく報道されてこなかった。 メディアだけではない。日本政府もこの事実についてまったく触れない。触れないどころか、北沢防衛大臣にいたっては、〇九年一二月にグアムをざっと見てきただけで早ばやと「グアム移設は困難だ」と言い切った。 繰り返すが、普天間基地移設問題にかかわって、この米軍のグアム統合計画は決定的に重要な意味を持つ。にもかかわらず、この重要な事実が日本では伝えられていない。 ところで、メディアが伝えなかったこの問題を必死で訴えてきた自治体がある。 当の普天間基地をかかえる宜野湾市である。市はそのホームページで「普天間基地のグアム移転の可能性について」米軍計画の内容を伝えるとともに、伊波洋一市長は〇九年一一月二六日、上京して鳩山首相と面談、「環境影響評価案」等の資料を手渡して首相自らの「検証」を依頼、あわせて参院会館で院内集会を開き、衆参両院の有志議員に対し米軍のグアム統合計画を伝えた(その後、一二月一一日にも、伊波市長は再度、衆院第二議員会館で与党国会議員に対し講演した)。 本書もまた宜野湾市と同じ切迫した思いで、グアムが背負わされてきた軍事基地としての歴史的経緯を含め、すでに実現へ向け一歩を踏み出した米軍のグアム軍事拠点化の計画を伝えるものである。 なお、防衛省(ホームページ)によると、二〇一〇年一月末現在、「(グアムの)消防署設計・下士官用隊舎標準設計(共にフィネガヤン地区)・港湾運用部隊司令部庁舎設計(アプラ地区)」については「一月一一日(米国時間)契約完了」、「フィネガヤン地区基盤整備事業・アンダーセン空軍基地北部地区基盤整備事業・アプラ地区基盤整備事業」については「米海軍施設エンジニアリング本部(NAVFAC)が入札公告を実施中」だという。二〇〇九年一〇月に来日したゲーツ米国防長官が、日米合意にもとづいて普天間基地の県内移設がなければ、在沖海兵隊のグアム移転も嘉手納以南の基地閉鎖・返還もない、と言ったのとは裏腹に、海兵隊のグアム移転計画はすでに実施の段階に入っているのである。 ■あとがき 米国の計画が完了すれば、「常夏の観光地・グアム」は大きく変貌する。 在沖海兵隊のグアム移転は、すでに日米両政府の予算がつき始めた。フィネガヤン地区とアプラ港地区に日本政府の資金で建設される消防署、隊舎、司令部庁舎の設計は契約が完了し、アンダーセン空軍基地やアプラ湾での基盤整備事業も米国で入札手続きが始まった。米国は駐機場や飛行場水道光熱施設の整備、埠頭改修にもまもなく着手する。 アンダーセン空軍基地を中心とする空軍、アプラ湾の海軍基地を中心とする海軍のほか、アンダーセン空軍基地からアプラ湾、グアム中部や東岸、さらにはテニアンまで基地を広げた海兵隊、フィネナガヤンにミサイル防衛任務隊をおく陸軍、すなわち米四軍の一大前方展開基地ができる。グアム駐留の米軍部隊だけでなく、米本土や日本から航海・飛来してくる艦船や軍用機の演習場にもなるだろう。 ここで当然起こる疑問は、すでに沖縄に総面積二万三三〇〇ヘクタールにのぼる三四もの軍事施設をおき、海兵隊一万二千人、空軍五千九百人、海軍千三百人、陸軍千七百人を駐留させている米国が、なぜグアムにほぼ似た機能をもつ軍事拠点を建設するのか、ということだろう。 米国が太平洋戦争で確保し、終戦以来軍事基地として使用してきた沖縄では、日米安全保障の基軸だとして本島の中央部を占拠されて住民の間に過大な基地負担や相次ぐ事件・事故・騒音に対する怒りや不満が絶えない。本土他府県のような「普通の県」として発展できないことへの苛立ちも強い。「脅威」がソ連から中国、北朝鮮、さらにはイラクへと変わろうとも、一貫して沖縄は「戦略的に重要な前方展開基地」と主張するのも、米国の言い分に過ぎず、六〇年以上も米軍基地を押し付けられてきた県民には納得しがたい。住民の不満は、基地撤去運動につながって外交問題化し、日米関係や日米軍事同盟をヒビ割れさせる可能性を秘めている。 一方、グアムは米国の最西端に位置する米国領。沖縄より米本土西岸やハワイに近い一方、弾道ミサイルや核兵器を有する中国や北朝鮮からは沖縄より遠いという、米国にとってきわめて戦略的な場所に位置している。米国が「不安定の弧」と呼ぶ東アジアや中近東にも、緊急に部隊を展開できる。米国領で、しかも島の三分の一を米国防総省が所有しているため、米軍の訓練や移動に制限もない。すでに空軍と海軍が駐留している島に航空機と艦船で緊急移動する即戦部隊の海兵隊が一万人近くも加われば、グアムは米国西岸からアフリカ東岸に至る地球の半分を管轄地域(AOR)とする米太平洋軍の一大前方展開拠点になる。 米国としては、アジア・太平洋の軍事拠点をハワイと沖縄だけでなく、グアムにも置いた方が、米国や同盟国の安全保障、対テロ防衛、将兵の訓練、展開、休暇、後方支援などのために都合がよい。万一、沖縄から撤去せざるを得なくなったときに備えるためにも、自国領グアムに訓練基地を建設し、部隊とその家族を駐留させたい。それは、米国が進めている米軍再編(リアラインメント)・変革(トランスフォメーション)計画ともマッチする。しかも、グアムにおける施設やインフラの整備費は、算定額一〇二・七億ドルのうちの六〇・九億ドルを日本政府が負担するというのだから、米国としては公然と「他人のマワシ」で相撲がとれるわけだ。沖縄の基地問題をいくらかでも緩和する一方で、自衛隊がグアムやテニアンの米軍基地を利用して共同演習ができるようになれば、「日米同盟」を強化したい日本政府にとっても都合がよい。 日米がロードマップに合意したのは、同時多発テロを受けて国民の間に不安感を駆り立て、「新たな敵」に対応するため「先制攻撃論」を唱え、ウソまでついてイラク戦争に突入したブッシュ政権と、同政権の単独行動主義とイラク攻撃を支持した小泉・超親米政権であったという事実は、改めて指摘したい。 特殊な状況のもとで特殊な政権同士が交わした合意であったことを考慮すると、小泉政権とは明らかに異なる対外政策と日本の姿≠打ち出した鳩山民主党政権が、ロードマップ合意を見直すのは当然であろう。ところが、国内では大手メディアを中心にブッシュ・小泉合意を「絶対視」し、見直した場合の両国関係の悪化を懸念する声もある中で、新政権は普天間航空基地の沖縄県内移設という「縛り」からなかなか抜け出せないでいる。 こうした日本国内の立ち往生状況をよそに、米国は、沖縄から九千人近くの海兵隊員をグアムに移すこととし、そのための駐留・訓練施設をグアムに建設する計画を着々と進めている。米国は、沖縄の嘉手納以南の基地の閉鎖・返還も、在日米軍再編ロードマップに従って、普天間基地の代替施設の目鼻がついてから、と強弁するが、米国のグアム基地計画を読むと、普天間基地を含む在沖海兵隊の「日本国外=米国内」移転は、米国にとって既定の方針だったことがうかがえる。 沖縄から海兵隊がグアムに移れば日本や東アジアにおける抑止力が減退するという主張も、グアムではすでに沖縄から移転する海兵隊を受け入れるための施設整備に着手していることやグアムの戦略的位置を考えれば、反論する値打ちさえない。 悲しいことに、米軍の「グアム統合開発計画案」も「グアム統合軍事マスタープラン」もインターネットで公開され、これらにもとづく「環境影響評価案」もグアム住民の意見を徴するためにインターネットで公表されているにもかかわらず、日本のメディアではまったく黙殺されている。中央紙の記事や社説、テレビの報道番組に登場するのは、自由民主党政権の日米関係を踏襲せよ、鳩山政権は小泉政権とブッシュ政権の間で交わされた「ロードマップ」合意を順守して早く普天間基地を沖縄県内(名護市辺野古)に移設すべし、そうしないと日米関係がこじれる、という声ばかりだ。二〇〇九年末に北沢俊美防衛大臣に同行してグアムを訪れた記者たちも、グアムの既存米軍基地や基地建設計画について調査報道することはなかった。防衛省が二〇一〇年一月にグアム移転事業の本格的開始を公表しても、メディアはそれを「普天間基地の沖縄県内移設がなければ海兵隊のグアム移転もない(だから鳩山政権は日米合意を順守すべし)」というゲーツ米国防長官などの発言に関連づけて詳しく報じることはなかった。 なぜメディアは、米国が進めているグアム基地建設計画を無視するのか。これは最近の報道機関の保守化や、記者クラブ(発表もの)依存による真実を探究しようというジャーナリズム精神の衰退と関係しているのかも知れないが、もう一つ、公表されている文書が仮定法(「この選択肢だと……」「この計画が実行されれば……」)や軍事術語の多い英文で書かれている上に分量は膨大で内容も多岐にわたるため一人の記者ではとうてい読みこなせない、しかもかなりの情報を補充しないと記事にしにくい、といった問題が「無視」「黙殺」につながっている可能性もある。 遅ればせながら、米国のグアム基地建設計画のポイントを、本書で紹介することができた。普天間問題や米国のアジア太平洋戦略、日米同盟を含む米軍再編問題を考える上で、これは決定的に重要な資料であり、本書が活用されることを願ってやまない。多くのメディアにもぜひ取り上げていただき、一人でも多くの国民にその内容を伝えてほしい。 ただ、沖縄から海兵隊をグアムに移せばよい、で済む話ではない。スペイン植民地、米海軍軍政府、太平洋戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、米国の未編入領土という名の植民地……といった、近年の「亜熱帯の楽園」という名前の裏で惨苦の歴史をくぐり抜けてきたグアム住民の歴史に思いを致すと、一六〇九年の薩摩侵攻以来の、とくに沖縄戦とその後米軍基地を担わされてきた沖縄住民の歴史と重なるだけに、もろ手を挙げて賛成というわけにもいかない。執筆中、ずっと心に引っかかっていたが、まずは在沖海兵隊の移転がきっかけになったグアム基地拡張計画に焦点をあて、グアム住民の声を若干お伝えすることにとどめた。 最後になったが、本書をまとめるにあたって、高文研の梅田正己氏にはひとかたならぬご助力を得た。梅田氏と編集スタッフの皆様に、心からお礼を申し上げたい。 二〇一〇年一月 那覇市金城にて 吉田健正
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