| こどもたちの仲間 学校犬バディ【立ち読みコーナー】 | |||||
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著者 吉田太郎(よしだ・たろう) 1973年京都に生まれる。同志社大学神学部卒業、同大学院歴史神学専攻修士課程修了。神戸国際大学付属高等学校宗教科講師を経て、99年より現在の立教女学院小学校に宗教主任として奉職。2003年よりエアデール・テリアのバディとともに新しい教育プログラム「動物介在教育(Animal Assisted Education)」を実践。これまでの犬飼育歴は、マルチーズ、ヨークシャー・テリア、ウエルッシュ・コーギー、スコッチ・テリアなど。自他共に認める犬好きである。 『動物介在教育の試み』バディ・ブログ http://blog.livedoor.jp/schooldog/ ■はじめに 犬の名前はバディ(Buddy)、雌のエアデール・テリア。彼女は、私が勤務している東京都杉並区にある私立小学校、立教女学院小学校に毎日一緒に通勤している。学校では教員室の一角に犬専用の部屋「バディ・ルーム」を与えられ、毎日の授業にも同行している。キャンパスの中を子どもたちと一緒に散歩し、学校行事にも参加する。学校犬として、また子どもたちの仲間として愛される存在となっている。 「えっ! 学校で犬を飼っているの?」 「アニマル・セラピー犬なの?」 「どうして学校に犬がいるの?」 「どうしてエアデール・テリアなの?」 そういった質問を受けることが多い。本書では、まだまだ日本国内では取り組みが始まったばかりの「動物介在教育(Animal Assisted Education)」という新しい教育プログラムの試みについて、一般の愛犬家のみならず、できるだけ多くの教育関係者や子どもたちの「こころ」に関わる人々に知ってもらえるよう、これまでの活動についてまとめることにした。 現代の教育の課題の一つに、子どもたちにいかにして「いのち」の大切さを教えるか、ということが挙げられる。学習指導要領などでも「生命がかけがえのないものであることを知り、自他の生命を尊重する」ということが、道徳教育の目標・内容として明記されている。私立小学校においても、本校のようにキリスト教主義の学校では宗教教育の一環として、いわゆる「こころ」の教育、情操教育を教育目標に掲げている。 私は聖書科(キリスト科)の教師として、「いのち」や「こころ」というテーマを子どもたちに伝えてきたつもりでいた。しかし、毎朝の礼拝や聖書の授業でどれだけのことを教えることができるのだろうか? ある出来事がきっかけで危機感をもった。 ある日、二年生の子どもが二人、私のもとへコオロギの死骸を持ってやってきた。悲しそうな表情を浮かべながら、 「先生、コオロギが死んじゃったので、お葬式をしてください」 という。私は小さな昆虫の死を悼む気持ちを大切にしたいと思い、中庭の木の下でコオロギの葬式を執り行い、子どもたちと一緒に墓をつくって祈りを捧げた。 するとまた次の日、今度はバッタの死骸を持ってきて、バッタの葬式をしたいという。そしてまた次の日には、同じように小さな昆虫の死骸が持ち込まれた。何回か繰り返されるお葬式というセレモニーに参列し、ふと気がついた。いつの間にか死を悼む気持ちは薄れ、「お葬式ごっこ」になっていると……。 教室に置かれた虫かごには土も草もなく、ただむき出しの安っぽいプラスチックに小さな昆虫がカタカタと空しい音を立てている。壊れたおもちゃを取り替えるかのように、動かなくなったらまた誰かが新しい昆虫をかごに入れる。小さな昆虫は、子どもたちに「いのち」の大切さを感じ取らせるには、あまりにもリアリティーに欠ける存在だったのかもしれない。 どうすれば「いのち」の大切さを子どもたちに伝えることができるだろうか? 携帯電話が当たり前のように身近にあり、テレビを手のひらで観ることのできる現代に生きる子どもたち。ヴァーチャルな世界に支配された時代だからこそ、生の感覚、生命のリアリティーに触れることが必要なのではないだろうか。 生命のリアリティー──、子どもたちが成長していく学校という場ではどうだろうか? 多くの学校では、小動物を飼育することで「いのち」について学びとれるようにと、教師たちは忙しい日常業務の中で奮闘している。しかし、一方では飼育動物を適切に飼育できない、あるいは効果的に活かせていない学校もまだまだたくさんあることも事実である。 子どもにとって動物とはどういった存在なのか? 学校の中に犬がいることで様々な出会いや出来事、気づきがあった。教育現場に犬を介在させることによってもたらされる効果とは何か。これまでの実践をふり返り、明らかにしていきたい。 本書を通して「動物介在教育(Animal Assisted Education)」についての理解が深まっていくことを期待している。そして何よりも、すべての子どもたちにとって、学校とは「たのしい」場所であってほしいと願っている。 ※登場する子どもたちの名前はすべて仮名であることをお断りしておきます。 ■あとがきに代えて ──学校は「たのしい」場所でなければならない ディズニーランドのミッキーマウスやドナルドダッグなどの着ぐるみのキャラクターたちは温かく、愉快にゲスト(来場者)を迎えてくれる。あの着ぐるみの存在により、ここが現実の世界から離れた夢の国「ディズニーランド」なんだと、ゲスト(客)は考えるようになるという。 また、ディズニーランドの魅力・強みの一つは、徹底したスタッフの教育で、かれらはキャストと呼ばれ、一従業員としてではなく、夢の国の住人・スタッフとして、親切丁寧にゲストをもてなす。リピーター率も非常に高い。これが日本で一番のテーマパークとして二〇年以上存続し、これからも発展し続ける大きな要因といえる。 学校はどうだろうか? はたして学校という場所は子どもたちにとって夢のある空間となっているだろうか? 閉鎖的なコンクリートの建物の中で、みんなと同じ規格の机の上で子どもたちは未来を夢見ることができるだろうか? 誤解を恐れずに言うならば、教育の荒廃が叫ばれる今だからこそ、学校こそ、教育こそ、「ディズニーランド」を手本に、子どもたちの夢を育てる場所とならなければならないのではないだろうか。 犬のバディの存在は、あるときには、パークの入り口でゲスト(客)を迎えるミッキーマウスやドナルドダッグであり、またあるときには、子どもたちのよき相談相手、仲間として励まし勇気づけてくれる、ぬくもりを感じとることのできる、かけがえのない存在でもある。 また同時に、犬は「ワクワク」するような「たのしみ」を子どもたちに与えているように思う。そしてそれが学校へ行こう、何かにチャレンジしようという「モチベーション」を高める効果につながっているのではないだろうか。 改めて自問する。「学校って何をする場所なんだろうか?」「私たち教師や大人には何ができるのだろうか?」「しつけ?」「マナー?」「言葉づかい?」「勉強する?」「勉強を教える?」「友だちをつくる?」「遊ぶ?」「読書の喜びを知る?」「給食を食べる?」「うたを歌う?」様々な経験を通して子どもたちを成長させる場所……。そのすべてを満たすために必要なキーワードは「たのしい」である。 多くの子どもたちにとって、学校は彼らの生活の大部分を占める。もしも子どもたちがそんな学校を味気ない、管理されるだけの空間だと感じているとしたら……、それはとても気の毒なことだろう。 学校は「たのしい」場所でなければならない。どんな理由でもプラスの理由はたくさんあるにこしたことはない。それで一人でも多くの子どもたちが、学校は「たのしい」と思えるのならば、目的は達成したといえるだろう。 これまで立教女学院小学校で取り組んできた「動物介在教育」というのはそういうものなのかもしれない。犬が子どもたち、教師や大人に関わることで新しい関係性が生まれていく。犬が人と人との間に仲介者として立つことによって、コミュニケーションが円滑に進められることも、「たのしい」の大きな要因となっているだろう。このように犬のバディは教育現場で、よりダイナミックに人間関係を再構築していくきっかけを与える存在となっている。 「動物介在教育」が始まって七年間。最近になってようやく「犬が学校にいる」ということがあたりまえの風景になってきた。 「犬ってこんなに賢いんですね」 「こんなに大きい犬なのに吠えないんですね」 「今まで犬は怖かったけれど、バディだったら大丈夫です」 学校を訪れる来客者はバディと子どもたちのやりとりを見て、驚きと同時に、納得したような表情を見せてくれる。子どもたちに愛されているからこそ、バディは学校での仕事を楽しんでいる。そしてそんなバディを見ているだけで、私たちも「たのしい」気持ちになれるのだ。 二〇〇九年四月末、二度目の交配を行ったバディは、六月三〇日、朝から八時間かけて四頭の子犬を無事に出産した。この中から「いのちのバトン」をつなぐ後継犬が誕生する。 〇九年七月、夏休みを前にした慌ただしい学期末ではあったが、生後一週間目のまだ目も開いていない子犬たちとバディを教室に連れて行き、全クラスの子どもたちに、バディが授乳する様子(写真上)を見せることができた。懸命に生きる子犬たちを慈しむような眼差しで見つめる母としてのバディから、子どもたちは多くのことを感じ、学んだことだろう。教室を出るバディと子犬たちに、「バディ、ありがとうね!」と声をかける子どもたちのやさしい声に、なんだか胸が熱くなった。 これまでも、そしてこれからも、この活動を支えていただいているドッグトレーナーの古銭正彦さん、健康面だけでなく「動物介在教育」のありかたについてもアドバイスをいただいてきたアメリカン動物病院の澤辺省三先生はじめ、動物病院のスタッフの皆様、バディという素晴らしい犬に出会わせてくれた繁殖者のグリーンピース動物病院の遠藤貴壽先生。初めての試みにもかかわらず、子どもたちのためにプログラムの実施を許可してくれた杉岡靖子前校長や教員室の同僚の先生方、そしていつも応援し続けてくださっている立教女学院の保護者の皆様に、この場を借りて感謝申し上げたい。 振り返れば、この活動は子どもたちのよりよい成長を願う、多くの人々の「善意」によって支えられて今日に至っているということを最後に記しておきたい。そして、もちろん、主に感謝。 二〇〇九年七月吉日 吉田 太郎
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