ここでの朝鮮王妃というのは、日本では「閔妃(ミンビ)」と呼ばれ、韓国では「明成皇后」と称される、朝鮮王朝の最後の王妃のことです。1日清戦争が終わって半年後、1895年の秋、早朝の王宮を襲った日本人の暗殺団によって惨殺され、遺骸は焼き捨てられました。
この恐るべき事件が日本で広く知られるようになったのは、今から20年前、1988年に出版されベストセラーになった角田房子さんの『閔妃暗殺』からですが、その労作の終わりの方で角田さんはこう書いています。
――長期の取材の結果、この事件への日本政府の関与は確認できなかった。
この『閔妃暗殺』の結論に対し、この事件は、時の参謀本部の指揮官・川上操六と朝鮮公使・三浦梧楼が結託して企画し、それを伊藤博文首相、陸奥宗光外相が黙認了承、陸軍の一部や海軍の諜報将校、さらに民間の「壮士」を動員して決行した、つまり政府・軍部総がかりの謀略事件であったことを実証したのが、本書『朝鮮王妃殺害と日本人』です。
本書は、これまで「閔妃の写真」として多くの本に掲載されてきた1枚の写真の考証から始まります(序章)。探索は、米国やイタリア、フランスで出版された書籍や雑誌にまで及び、その最初の掲載誌は日清戦争中に発行された日本の写真画報であることが突きとめられ、撮影された女性は王妃ではなく、宮廷の女官であると断定されるのです。
これは一例ですが、本書をつらぬいているのは徹底した実証主義です。ソウルの公使館と東京の外務省や大本営との間で交わされた電信記録のほか、日本と韓国で発行されている記録や関係者の回想録など、広範囲にわたる史料を駆使することにより、事件の全容が解き明かされます
著者は、悲運の王妃が生まれた1851年からちょうど100年後の1951年に日本で生を受けた在日二世の女性研究者です。
これまで、陸軍中将の朝鮮公使・三浦梧楼を首謀者とする偶発的な事件と見られてきたこの事件が、実は日本政府と軍部により周到に準備された謀略事件だったことを実証した本書は、日韓両国の歴史研究に大きな一石を投じるとともに、この事件を近代日本と朝鮮・韓国との関係を考える上で欠かすことの出来ない重大事件として位置づけなおしたといえます。
「韓国併合」100年を前に在日研究者によって生み出された画期的な歴史研究の成果として、多くの人に読んでほしいと願っています。