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私たち、「何じん」ですか
私たち、「何じん」ですか
中国残留孤児たちはいま・・
樋口 岳大(毎日新聞阪神支局記者)=文
宗景 正=写真
=著
●A5判・232頁
●2008年12月15日発行
●本体価格1700円
●ISBN978-4-87498-412-3

中国では「小日本鬼子」と迫害され、やっと帰ってきた祖国では「中国人、帰れ」と差別される。幾重にも疎外され苦難を強いられ続ける”中国残留日本人孤児”たち。ながい国賠訴訟の末、日本政府は支援策を作ったが・・・。高齢化する受難の人たちの「現在」を豊富な写真と文章で伝える!
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●もくじ

  はじめに
T 朗読劇「わたしたち、なにじんですか?」
 〔第1場A〕祖母と孫の会話
 〔第1場B〕孤児たちの体験談/逃避行
 〔第2場A〕祖母の話/中国人にもらわれて
 〔第2場B〕孤児たちの体験談/「小日本鬼子」と言われて
 〔第3場A〕祖母の話/三六年後の訪日調査
 〔第3場B〕孤児たちの体験談/帰国までの道のり
 〔第4場A〕祖母の話/帰国後の苦難 34
 〔第4場B〕孤児たちの体験談/日本で受けた差別
 〔第5場〕  明日に向かって
U 残留孤児たちが歩いてきた道
  母の顔を覚えていない …… 松倉秀子さん
  「集団自決」で母と妹が殺された…… 黒川猛夫さん
  中国で、日本で、何度もほかされた…… 大中はつゑさん
  雪の朝、母は冷たくなっていた…… 高橋正弘さん
  日本人として見られたい…… 石原秀子さん
  「生きたら使ってください」と養父母に…… 下平朋好さん
  文革期、妊娠中に監禁された…… 有川雅子さん
  再会した母は何度も謝った…… 澤 政道さん
  母と3人の姉は死亡、兄弟で残留孤児に…… 昌谷範茂さん
  兄と信じる人がいる…… 柳瀬啓子さん
  「必ず日本に帰れ」父の遺言を胸に…… 小松一安さん
  中国では医師だった…… 田中弘子さん
  体を張って守ってくれた養父母を誇りに思う…… 林 隆さん
  中国でも差別されたが、日本はもっとひどい…… 黒木永昌さん
  必死で覚えた日本語で帰国者の世話を…… 奥山イク子さん
  もし働けなくなったらと、不安が募る…… 植田恒陽さん
  阪神大震災で被災、避難先もわからず…… 佐藤初美さん
  親兄弟が見つかるまで養父母の名で生きる…… 王 祖君さん
  身元が判明しても帰国できず、すべてを失った…… 本信 一さん
  長男の事故原因、知りたかった…… 斎藤郁子さん
  厳寒の中国と別世界、花咲く祖国に涙した…… 川元幸枝さん
  テレビに映った手首のあざを父が見つけた…… 箟 和雄さん
  日本語は片言、孫と言葉が通じない寂しさ…… 出上二三子さん
  身を削って働き続け、脳出血で倒れた…… 山田春木さん
  文革でかばってくれた養母が死んだ…… 香川雅子さん
  引き裂かれた姉妹…… 衣川しげのさん、衣川正子さん
  兵庫訴訟で、残留孤児65人の先頭に立って…… 初田三雄さん
  戦後62年、日本人と認められなかった…… 趙 印甲さん
V 八人の家族を満州で失って──宮島満子さんの手記
   一家一一人の賑やかな暮らし
   ソ連機の銃撃の下を地獄の逃避行
   ソ連兵に連行された父の死
   兄、妹に続いて、母までもが
   姉も弟も中国人にもらわれて行った
   兄に会いたい。養父の家を幾度も逃げ出して
   もう日本には帰れない。中国人にならなければ
   「日本人」としての苦しみ
   二人の兄が生きて日本に帰っていた
   三七年ぶりの故郷、その空白は大きく
   永住帰国の夢を兄に反対されて
   ホテルの住み込みで開けた帰国への道
   家族五人、ゼロからの出発
   「中国に帰って死ぬ」という夫に付き添って
   六〇歳の夢、夜間中学・高校で学ぶ
   兵庫の原告団勝訴、生まれて初めての嬉しい誕生日
W 国賠訴訟から政府の支援策まで
   なぜ、祖国を訴えたのか
   責任を認めぬ国と大阪地裁判決
   神戸地裁で勝訴「やっと日本人と認められた」
   国の「帰国妨害」「自立支援義務違反」を認めた神戸地裁判決
   孤児らの叫びを無視、国は控訴した
   初田三雄さんが安倍首相へあてた手紙
   支援策を巡る国との綱引き
   支援策受け入れ、兵庫原告団は「苦渋」
   ある残留孤児2世からのメール
   「気づくのが遅くなって申し訳ない」という福田首相の言葉
   無念の訴訟取り下げ
   支援策の問題点
   配置が遅れる「支援・相談員」
   市民に広がる支援の輪
   元満州開拓団員との交流
中国残留孤児訴訟・神戸地裁判決の要旨
中国残留孤児関連年表
あとがき



 
●担当編集者より

 多くの人にとって、中国残留孤児問題」はもう遠い記憶になっているかもしれません。全国2200人の孤児たちが生活の保障と国家による謝罪を求めて国賠訴訟の裁判を起こしたのは今から6年前の2002年12月。その後、政府から新支援策が提示され、孤児たちがそれを受け入れたことで、問題はすべて解決した――そう思われているかと思います。しかし、本当にそうだろうか? 本当に問題は解決したといえるのだろうか……その疑問を抱きながら、1新聞記者と写真家が2年余の歳月をかけ、孤児たちの家を1軒1軒訪ね歩き、問題提起したのが本書です。

 残留孤児の記録は、高文研ではこれまでも朝日新聞記者・大久保真紀さんの『中国残留日本人――棄民の経過と帰国後の苦難』を出しているのですが、今回本書に収めた29人の歩んで来られた道のりを読むと、改めて何という過酷な人生だったかと、胸が締めつけられる思いです。産まれて母の顔も知らず、あるいはまだ幼い少女期、少年期、1人異国の地に取り残され、中国人養父母のもとで、その多くが学校にも行かせてもらえず、労働に酷使され、周りからは「小日本鬼子」「侵略者の子」「日本に帰れ」といじめられた体験を持つ――。

 『私たち、「何じん」ですか?』という書名は、本書の第T章「朗読劇」のタイトルからとったものです。孤児たちの多くは、いまでも日本語が不自由な人がほとんどです(帰国した孤児のために、日本政府が用意した日本語研修期間はわずか4カ月でしかない)。そのため、働きたくても働く場所がない。やっと見つけた職場では、「ばか、あほ、まぬけ」「中国人」「中国に帰れ」という罵声を浴びせられる。ある孤児は嘆きます。「中国では日本人、日本では中国人と言われ、自分が“何じん”かわからないのがつらい…」と。

 中国に取り残されたのは、孤児のせいではありません。
 私たちが決して忘れてはいけないこの国の歴史をもう一度思い起こすために、この本を手にしていただきたいと思います。


(金子さとみ)


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