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平頂山事件とは何だったのか
平頂山事件とは何だったのか
裁判が紡いだ日本と中国の市民のきずな
平頂山事件訴訟弁護団=編著
●46判・192頁
●2008年8月15日発行
●本体価格1400円
●ISBN978-4-87498-409-3

1932年9月、突如日本軍により住民3千人余が虐殺された中国東北部・平頂山事件。その全容解明と謝罪・補償を求めて立ち上がった中国の生存者と日本人弁護士7人の記録!
1932年9月、中国東北部にあった平頂山集落で日本軍による虐殺があった。
事件の生存者3名が日本政府を提訴。日本の裁判所は3000人余の虐殺の事実は認めたが、裁判は敗訴。
10年の裁判を通して中国人原告と支援する日本の市民の間には、確かな絆が生まれた。
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●もくじ

 はじめに
第T章 平頂山事件とはなにか
  • 炭鉱の街・撫順
  • 平頂山の街並み
  • 平頂山事件の歴史的背景
  • 満州事変と「満州国」建国
  • 反満抗日闘争──撫順炭鉱攻撃事件
  • 住民虐殺の謀議
  • 虐殺の実行
  • 今も改められていない日本政府の公式見解
第U章 平頂山事件を生きのびた人々
  • 最後の満月
  • 突然の「訪問者」たち
  • 虐殺の現場
  • 隠し続ける生活
  • 日本の敗戦と解放後の混乱
第V章 手探りで始まった裁判──「国家無答責」の壁に挑む
  • 幸存者と日本人弁護士との出会い
  • 中国人戦争被害賠償請求事件弁護団の結成
  • 平頂山事件弁護団の結成
  • 初めての訪中調査──一九九七年一月
  • 裁判を支える市民の運動
  • お金が無い! どうする二〇〇万円
  • 莫徳勝さんの初来日と第一回口頭弁論
  • 莫徳勝さんの意見陳述
  • 通訳・藤井玲子さんの涙
  • 平頂山事件についての資料がない! 研究者もいない!
  • 第二回弁護団訪中調査──一九九七年一一月
  • 莫徳勝さんが主催してくれた晩餐会
  • 第三回訪中調査──一九九九年一一月
  • 忘れられない旅
  • 楊宝山さん、方素栄さんの初来日と原告本人尋問
  • 最大の壁──国家無答責の法理
  • 莫徳勝さんの本人尋問
  • 初めて知った莫さんの気持ち
  • 原爆資料館での莫さん
  • 一審判決「国家無答責」で敗訴──二〇〇二年六月二八日
第W章 信頼と和解──裁判が結びつけた人々の絆
  • 「平頂山同胞殉難七〇周年公祭大会」への参加が転機に
  • 控訴審の闘いへ
  • 莫徳勝さん、渾身の訴え──二〇〇三年二月一七日
  • 莫さんにとって、平頂山事件の解決とは何ですか?
  • 莫徳勝さんのお見舞い
  • 楊宝山さんの事件後の足跡をたどる
  • 莫さんからの手紙
  • 「除斥」の壁に挑む
  • 社会科学院と平頂山紀念館の全面的な協力
  • 井上意見書──歴史の中の平頂山事件
  • 裁判提訴までの険しい道のり
  • ドキュメンタリー「未だ癒えぬ傷」の製作
  • 方素栄さんの本人尋問と井上久士教授の証人尋問
  • 七人の弁護士による最終弁論──二〇〇五年二月一八日
  • 中国中央電視台が全国放送
  • 「平頂山事件の解決」とは何か
  • もう一人の幸存者・楊玉芬さんとの出会い
  • 撫順に裁判の「声援団」ができた
  • 二審判決「国家無答責」で敗訴──二〇〇五年五月一三日
  • 「最後の勝利は私たちにあると確信している」
  • 莫徳勝さん逝く──二〇〇五年五月二三日
  • 最高裁上告棄却──二〇〇六年五月一六日
  • 日中市民による共同声明
「愛人主義」の勝利──あとがきにかえて

 i平頂山事件訴訟=関連年表




 
●担当編集者より

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(真鍋かおる)


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