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高文研 top ある軍国教師の日記【立ち読みコーナー】
 著者 
津田道夫(つだ・みちお。本名、浅見 浩)
1929(昭和4)年、埼玉県幡羅村(現深谷市)に生まれ、32年、家族と共に久喜町(現久喜市)に移る。現在も久喜市に在住。
1942年、埼玉県立浦和中学校入学、47年、同校を卒業して気象技術官養成所(現気象大学校)に入所するが、49年、新たに東京教育大学文学部史学科に入学。53年、同大学を卒業して改造社に入社、雑誌『改造』編集局に配属されるが、同年12月、肺結核により滝野川病院に入院。55年1月、同院を退院するも改造社は倒産。その後、編集・校正のアルバイトをへて57年より日本生産性本部出版部に勤務。60年、同部を退職した後は、マルクス主義の理論同人誌『現状分析』(57年以後)を主宰しながら著述活動に専念。
71年には「障害者の教育権を実現する会」の結成に参加、今日まで事務局員を務める。05年、「九条の会・久喜」の結成に参加。
主要著書:『国分一太郎──転向と抵抗のはざま』(三一書房)『南京大虐殺と日本人の精神構造』(社会評論社)『国家と革命の理論』(盛田書店、論創社)『日本ナショナリズム論』(盛田書店)『侵略戦争と性暴力』(社会評論社)『弁証法の復権』(同前)『国家と意志──意志論から読む「資本論」と「法の哲学」』(績文堂)


あとがき


 本書を書き終えての一つの感想は、いわゆる歴史学者による歴史──とくに戦争史に関する諸論述──には、一つの決定的な欠落があると思えることである。一言でいって軍人や政治家、政府・指導機関・戦線の動きは見える。しかし、ときどきの大衆的な実存についての記述が、殆どないし、全く見えないのだ。子どもはそれが兵隊ごっこのようなものであってもよく遊ぶ。あるいは私の場合にそくしていえば、戦時下にあっても虫とり、魚とりが日課であった時期がある。若者は恋愛もする(このケースは本書では僅かしか出て来ないが、思春期の女学生の愛すべき或る行動様式について、軍国教師の真吉が憤慨したりもしている)。また石田校長のような人間は、戦時下にあっても何かと理由をつけてよく酒を飲む。

 真吉のように、「非常時」や「決戦の年」や「一億特攻」が叫ばれ、それに呼応して生活を律しようと努めていたものも、こういう点では例外ではない。彼は、食糧不足の折、畑をかりて作物をつくり収穫していたが、農作業と、それによる作物の成長を眺めるのが、いわば精神的な解放にもなっていた。

 歴史書では「国民精神総動員運動」などが一方的に人びとに押しつけられたと、その面だけ強調される場合が多いが、しかし、上でそれを提起する前に、地域大衆の泡立つような雰囲気のなかで自主的に出動軍人家族援護の動きが起こり、それが上からの問題提起を下支えしていた場合もある。それと同時に一般大衆は「支那事変」や「大東亜戦争」、そして空襲に狎れつかれてくると、戦争への倦怠感をかこちつつ、妙な俗謡を流行らせたりするのだ。「玉音放送」を聞いて、宮城──むかしは天皇の居所をこう言った──の前に土下座した人びとも、翌日は食糧の買い出しに走ったことであろう。

 これらすべてを包括して歴史というものは動き、然るが故にそれは一つの物語たりうるのである。つまり、個人が生活を生きる幅のほうが、戦争を生きる幅よりずっと広いということであり、だからこそ戦争の実態がいかに個人の日常に浸透してくるかが問題となる。そして、そうした諸個人の感情・気分・意識の総体が、その時どきの時代思潮なり世相なりを形づくるのである。

 私は、このことをかなり意識して、個別真吉と、その周辺の場合にそくして記述した。しかし、書き終わって、右のことどもの全体を、改めて痛感している。

 と言いながら、大急ぎで付け加えるが、歴史学者たちの仕事にも教えられ、お蔭を蒙っていることについては言うまでもない。

               *

 なお、この「あとがき」では、お世話になったかたがたの芳名をあげ謝意を表したい。その際、敬称は略させていただくので、あらかじめ御寛恕願うものである。

 親戚関係では従姉の井上豊子、従兄の丸山喜孝、従妹の加藤春江(旧姓、浅見、正一の妹)。また、むかしからの友人で、一九七一年いらい私と共に活動を続けている「障害者の教育権を実現する会」会員の山田要一と、児童読物作家で「ボクラ少国民シリーズ」をはじめとして戦争批判の著述の多い山中恒、この二人には電話で討論にのってもらったし、貴重なインフォーメーションもよせられた。

 真吉の教え子としては、「実現する会」会員の長谷川栄子、近所に住んでいる歌人、柿沼由美に、とくにお世話になった。「実現する会」の佐久間敏幸には、何といったらいいのであろうか、むかしの新聞を読みやすく複写してもらった。「九条の会・久喜」の会員、進藤敬子、渋谷晃次、奥貫文夫には、むかしの久喜町(現、久喜市)や久喜高女についてのインフォーメーションをもらうことができた。とくに渋谷晃次は本書冒頭の写真を撮ってくれた。妻、浅見和子には、原稿製作の途次、いちいち読み継いでもらい、意見ももらうことができた。

 また、一九六九年以来の友人で、かつて『知識人と革命』(三省堂新書、一九六九年)を出してもらった梅田正己には、本書の執筆段階から編集にいたるまで、ひとかたならぬお世話になった。歴史的事実を点検し、補筆も願っている。一九五頁の太平洋戦争関連地図は梅田につくってもらった。



 引用・参考文献については、本文中に提示されているものを除いて省略させていただく。

 なお、この「あとがき」を終わるにあたり、ひと言、私情をさしはさませていただけるなら、私は本書を、商業主義に堕した葬式仏教に依拠する形でない、父母に対する回向のつもりで執筆したということである。



   二〇〇六年一一月二日

   津田 道夫



〔付記〕私が所属している「障害者の教育権を実現する会」(〒三三〇‐〇〇六一、さいたま市浦和区常盤3-18-19正栄ビル四〇一号 電話〇四八‐八三二‐六九六六、ファクス〇四八‐八二二‐六五五一)は月刊『人権と教育』(年間購読料二二〇〇円)、雑誌『人権と教育』(年二回刊、一冊一〇〇〇円、送料当方負担)を、ともに刊行している。私も殆ど毎号、状況診断その他を執筆しているので、関心のあるかたには見本紙・誌をお送りすることができる。また、「会」としての著作に『マニュアル・障害児の学校選択』『マニュアル・障害児のインクルージョンへ』(ともに社会評論社)がある。




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