| ドイツは過去とどう向き合ってきたか【立ち読みコーナー】 | |||||
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著者 熊谷 徹(くまがい・とおる) 1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。 著書に『ドイツの憂鬱』『新生ドイツの挑戦』(丸善ライブラリー)、『ドイツ病に学べ』『住まなきゃわからないドイツ』『びっくり先進国ドイツ』(新潮社)など。 ホームページ:http://www.tkumagai.de ■はじめに 2006年8月、ドイツのノーベル賞作家ギュンター・グラスが、17歳の時にナチスの武装親衛隊に属していたことを明らかにし、世界中の人々を驚かせた。グラスは、ナチスの過去と対決することを要求するリベラルな行動派知識人としても知られてきた。そうした人物が60年間にわたり、武装SS所属の事実を隠していたことは、ユダヤ人ら元被害者に強いショックを与え、「ドイツの良心」としての名声を打ち砕いた。 私は1990年からドイツに住み、「なぜドイツ人は過去との対決を今も続けているのか」というテーマを取材の重点の一つにしている。グラスの告白に象徴されるように、ナチスの犯罪は歴史の1エピソードではなく、現代社会に直接影響を及ぼす問題でもあるからだ。特に旧東ドイツで極右勢力を支持する市民が増えていることは、ナチスの問題が今日の社会にも影を落としていることを示している。 アジア人である私は、ドイツ人の過去との対決への執念に目を見張らされることがある。欧州とアジアを単純に比較できないとはいえ、彼らの執拗さは、欧州に相互信頼関係の回復という果実をもたらしつつある。 これに対し東アジアには、戦後半世紀以上経っても、「過去」をめぐって、ドイツが周辺諸国と築いてきたような強固な信頼関係はない。むしろ中国の経済力が増大する中、各国でナショナリズムが強まっている印象を受ける。国際関係が行き詰まると、歴史認識をめぐる不満は表面に浮かび上がる。欧州で、各国が主権の一部を国際機関に譲り、「事実上の連邦」へ向けて歩んでいるのとは大きな違いだ。 欧州が過去2000年間で最も平和な状態を実現できた理由の一つは、ドイツが、半世紀にわたる過去との対決によって、旧被害国の信頼を回復してきたことである。冷戦の時代には、西ドイツも日本と同じく、米国の忠実な同盟国だった。だが米国に依存するだけではなく、東側陣営に属していたポーランドなどの旧被害国と、歴史認識について和解するために独自の努力を地道に続けてきた。日本人にはない、欧州人のしたたかさである。 ドイツ人は道義的な責任感から過去と対決している。同時に彼らは、「歴史が今日の政治、経済活動に悪影響を及ぼすリスク」を減らしてきた。これに対し東アジアでは、終戦から時が経つとともに「歴史リスク」が増大している。私は2005年に靖国神社の博物館「遊就館」を見学して、そのことを強く感じた。日中首脳が歴史認識を棚上げにして、笑顔で握手をするだけでは解決にならない。対症療法だけでは、歴史認識をめぐる不満は再び噴出する。 本書の目的は、現地にいなくてはわからない、過去との対決のディテールについて、報告することにある。同時に、私が東アジアの歴史認識をめぐる状況について、危機感を抱いていることも、執筆の動機の一つだ。欧州では残念なことに、日本について「歴史認識をめぐり頑迷な態度を崩さず、周辺諸国と融和しようとしない国」というイメージが定着しつつある。 なぜ21世紀の欧州と東アジアの間には、歴史との取り組みをめぐって、これほど大きな違いが生じたのか。どうすれば歴史リスクを減らすことができるのか。本書がこの複雑な問題について、読者の皆様に考えていただくきっかけとなれば、光栄である。 なおこの本の中では、1989年に西ドイツとポーランドで行った取材の内容も使っているが、時間が経っても「過去との対決」の基本姿勢については変わりがないことをお断りしておく。 熊谷徹 ※為替レートは、1ユーロ=150円で計算している。 ※記事中、撮影・提供者の明示のない写真はすべて著者が撮影した写真。
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