| 体験者27人が語る南京事件【立ち読みコーナー】 | |||||
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著者 笠原十九司(かさはら・とくし) 1944年、群馬県に生まれる。東京教育大学大学院修士課程中退。専攻は中国近現代史。宇都宮大学をへて現在、都留文科大学教授。 1984年より南京事件研究に入り、国内での共同研究に取り組むとともに、中国、米国でのシンポジウム等にも参加、国際的な視野からの研究をすすめてきた。99年より南京師範大学南京大虐殺研究センター客員教授、2000年より南開大学歴史学部の客員教授を務める。 著書:『南京事件』(岩波新書)『南京難民区の百日』(岩波現代文庫)『南京事件と日本人』(柏書房)『日中全面戦争と海軍』(青木書店)『南京事件と三光作戦』(大月書店)ほか多数。研究書とは別に、歌集『同時代』(本阿弥書店)も持つ。 ■はじめに──被害者からの聞き書きの意味と方法 堀田善衞の小説『時間』は、被害者の中国人を主人公に南京大虐殺を描いた大作であるが、その中に次のような主人公の言葉がある。 何百人という人が死んでいる──しかし何という無意味な言葉だろう。数は観念を消してしまうのかも知れない……死んだのは、そしてこれからまだまだ死ぬのは、何万人ではない、一人一人が死んだのだ。一人一人の死が、何万にのぼったのだ(注1)。 堀田の『時間』は、南京事件の死者の総数だけを問題にして論ずることを批判し、主人公一家の一人一人の悲劇を描くことによって、一人一人の死の残酷性、身内を殺害された者一人一人の悲しみ、怒りと苦悩に思いいたることの重要性を強調したのである。 私もかつて「犠牲者の顔と名前を想起しない日本人」(拙著『南京事件と日本人』柏書房、二〇〇二年)で、「日本人の戦争認識のあり方として大切なのは、私たちが南京虐殺の悲劇、犠牲になった家族、民衆、兵士たちの苦しみや悲しみを誠実に想起すること、私たちが犠牲になった人たち一人ひとりの悲しみと不幸を心に刻むように思い起こすこと、犠牲者の悲しみ、憤り、悔しさに思いいたることである」と書いた(同書、二五一頁)。 私が南京事件の被害者からの聞き書き(ヒヤリング、インタビュー、口述史料の収集)をしようと思い立ったのは、南京事件の被害者総数が三〇万人とか二〇万人とかいう問題よりも、一人ひとりの被害、犠牲に思いを馳せることの大切さを痛感したからである。これまでの日本人の南京虐殺の記憶の仕方には、犠牲になった人たちの顔と名前を思い起こすこともせず、南京事件の実相を被害者の立場に立って考えることをしないという問題があった。もしも私たち日本人が犠牲になった人たち一人ひとりの顔と名前を想起できれば、「虐殺はなかった」などと、とても言えないはずである。 本書は、南京事件の被害関係者二七人からの聞き書きをまとめたものであるが、類書にない特徴は、被害者の「その時」の体験だけでなく、被害者の生涯、とくに事件以後の生涯も聞き取って記録したところにある。私がそのような方法を採用したのは、被害者の事件現場の体験を知るだけでなく、彼らの生涯にとって南京事件がどういう意味をもったのかを知ることによって、被害者一人ひとりに寄り添って、事件の残酷性、悲劇性を改めて理解することができるのではないか、何よりも、被害者が単なる人数ではなく、一人ひとりが顔を持ち、人格を持ち、名前を持ち、人生をもっていたこと、被害者それぞれのかけがえのない家族と生活と人生が日本軍の暴力によって踏みにじられ、犠牲にされたことが、いかに残酷で悲劇的であったかを理解できるのではないか、などと考えたからである。 本書の聞き書きを、私の南京事件研究に位置づけて言えば、私はこれまで、事件当時南京にいたアメリカ人の宣教師、外交官、新聞記者、ドイツの外交官や商社員などが書き記した史料を収集して南京事件の全体像を明らかにし、さらに南京攻略戦に参加した日本軍の作戦命令や戦闘詳報、陣中日誌、将兵の陣中日記や手記などの史料を収集して、南京事件の実態と全体像を日本軍の作戦行動を中心にして明らかにしてきた(注2)。 本書は、文書史料を中心に南京事件の実態と歴史像を解明、叙述してきたこれまでの私の研究に、さらに被害者からの聞き書き史料(オーラルドキュメント、口述史料)による研究を付加するものである。本書によって、南京事件の実態がより具体的で身近なものとして明らかになり、これまでの史料・文献による南京事件の歴史像をより立体的、総合的に鮮明にすることができたのではないかと思う。とりわけ、史料・文献の少ない農村における事件の実態は、今回の聞き書きによって初めて明らかにされたといえる。 本書にまとめた南京事件の被害者、関係者二七人の聞き書きは、二〇〇一年五月二日〜一一日、二〇〇二年四月一日〜五日と二年にわたって実施したものである。 聞き取りの方法は、対象者の生活環境を知るためもあって、自宅を訪問して聞き取りをおこなった。同行者は一人だけで、南京城区においては段月萍さん(南京大虐殺記念館元副館長、本書のW章に彼女の聞き取りを収録)、農村部においては劉燕軍さん(南京大虐殺記念館研究員)に同行をお願いした。二人とも中国における南京大虐殺研究の第一人者である(本書のW章で詳述)。私は通訳なしで聞き取りをおこない、同行者には私の中国語の補助をしてもらい、南京地方の訛りが強くて私が聞き取れない中国語は標準語に「翻訳」してもらった。同行者には必ずメモをとってもらい、固有名詞はそのつど、話者に確認しながら聞き取りを進め、メモはテープ起こしをする際に使用した。なお、本書に掲載した証言者の写真はすべて、聞き取りをしながら私が撮影したものである。 聞き書きは、聞き手と話し手の間に信頼関係があって、はじめて有効な聞き取りが可能になるが、上記の二人にそれぞれ同行していただいたことによって、日本人の私がどのような目的と立場で聞き取りをしようとしているかが話者に理解されたので、質問と応答はスムーズに運んだ。日本人の男性である私がレイプされた女性から被害体験を聞き取ることは、普通ならば不可能であると思われるが、それが実現したのは、段月萍さんが同行していてくれたからである。さらに言えば、レイプの被害体験を話してくれた二人ともまだ子どもの時に犯された体験なので、まだ語ることができたのであろう。 中国農村を訪問し、あるいは中国人の家庭を訪れて聞き書きをする方法は、私自身すでに華北農村において数年間の経験とそれなりの蓄積があったので、これまでの成果を生かすことができたと思っている(注3)。 聞き書きの対象者の選び方は、農村部と南京城区とでは、相違した。 農村部では、劉燕軍さんに、日本軍の虐殺があったとされる村を事前に調査してもらい、タクシーを雇って二人で村へ行き、村人に日中戦争時のことを記憶している老人がどの家にいるかを聞き出した。農村における聞き取りがやりやすかったのは、聞き取りを希望した老人はほぼ村か家に居て遠出をしていないこと、村民、特に男子は女性のように村外に嫁いでいくこともなく、日中戦争時以後もほぼ同じ村に留まって農業に従事していたので、いきなりの訪問と聞き取りであっても、目的に適った証言者を見つけ出して、被害体験を聞き出すことができた。 目当ての村を訪れると、村の老人たちはだいたい一箇所に集まって話をしたり、トランプや将棋、麻雀などをしていたので、まず老人集団から南京事件当時の村の被害状況を聞き、その中に被害体験者がいれば個別に家を訪ねて詳細を聞くことにし、いなければ、被害体験者の名前と家を聞き出して訪ねていった。目当ての老人はだいたい家にいるか近所にいて、容易に面会することができた。 農民からの聞き書きは本書第U章に収録したが、この聞き書きによって、南京近郊農村における日本軍の不法、残虐行為の実態がはじめて明らかにされたところがある。 南京城区の聞き書きは、段月萍さんに、どのような被害体験の人から聞き書き取りをしたいかを伝え、段さんがこれまで証言記録を収集してきた「幸存者(虐殺体験の生存者をこう呼んでいる)」のリストの中から相応しい人を選び出して連絡をつけてくれ、段さんと二人でバスに乗って対象者の自宅を訪問して聞き取りをおこなった。 南京城区における被害体験者の聞き書きは本書第V章に収録したが、肉親を殺害された被害、集団虐殺現場からの生還、拉致・連行された体験、レイプの被害体験と、いくつかの被害類型別の体験を聞き取ることができた。 聞き取りはすべてテープに録音し、帰国後、都留文科大学比較文化学科大学院の留学生の鄭花子さんに全ての応答についてテープ起こしをしてもらい、中国語の原稿を私が翻訳して聞き書きとして本書に編集・収録した。テープと中国語原稿は私のところに保存してある。聞き書きは、史料集とするならば、私の質問も含めて全て記述すべきであるが、本書は読み物として読んでいただくために、質問部分は省略した。さらに元は細切れであった被害者の応答について、読みやすくするために、時系列的に整理して、一貫した語りのように編集したが、話された事実と内容には一切変更を加えていない。 本書では聞き書きを農村部と南京城区の二つに分けて、U章とV・W章に収めた。先に本書の聞き書きは被害者の生涯を聞き取ったと述べたが、農民からの聞き書きは、農村における南京事件の実相を明らかにすることに主眼をおいたので、被害農民の生涯を聞き取ることは十分になされていない。一方、南京城区における聞き書きは、被害者の生涯を聞き取ることにもウエイトがおかれている。 本書は、T章において、南京事件の全体像を素描して、それぞれの被害体験が事件全体のどの部分を構成するのかが分かるようにした。また、各体験者の被害がどのような状況下で発生したのか、各体験者の悲劇の背景が分かるようにした。読者は名前と顔をもった各被害者の聞き書きが、まさに史料として、南京事件の実相をよりリアルにイメージさせるものになっていることに気づくであろう。 本書のW章においては、二人の体験者(一人は間接的)の生涯の聞き書きと、最近の中国における南京事件研究の状況を紹介し、南京事件の問題はまだ終わっていないことを考えるようになっている。 なお本書では、中国人名や地名に日本語読みのルビをつけている。これは、中国語には四声の発音があるので、カタカナのルビをつけても、中国語の発音の表記にはならないからである。それよりも、日本の読者に読みやすく覚えやすいようにと、日本語読みのルビをつけた。 また日本軍の資料の引用については、原文のカタカナをひらがなに、旧漢字を新漢字に改めて読みやすくした。
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