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●目次
はじめに
T 台湾とは何か──台湾を理解するための基礎知識
- 「台湾」という言葉が示す地域
- 台湾の「首都」はどこか
- 際立った個性を誇る台湾の地勢
- 世界でも有数の多雨地帯
- 都市に密集する人口
- 台湾に住む人々と「族群」
- 複雑を極める特殊な言語事情
- 独自の発達をみた台湾の宗教
- 「台湾」とは何か、そして「中国」とは何か
- 台湾住民の「中国」、「台湾」という語の使い分け
U 台 北
- 活気が満ちあふれる台湾の表玄関
- ケタガラン族が暮らしていた盆地
- 台湾の首位都市へ
- 日本統治時代の台北
- 東南に伸びていった町並み
- 総統府──台湾に君臨した統治の中枢
- 残された総督府庁舎
- 凱達格蘭大道──失われた平埔族と新しい「台湾人」
- 多くの「台湾人」は混血を経ている
- 中正紀念堂──蒋介石の記念堂と台湾社会の現実
- 「中国人」であり続ける外省人
- 中山堂──日本統治時代終焉の地
- 二二八紀念館──台湾の戦後史を知る展示空間
- 台湾における「終戦」
- 二二八事件──発端とその後
- 特務機関が社会を支配した時代
- 円山大飯店──台湾を鎮護した神社の跡地
- 芝山公園──「教育の聖地」を訪ねる
- 終戦後の芝山巌と現在
- 北投温泉──台湾の箱根と呼ばれた温泉郷
V 台湾北部
- 淡水──夕陽の美しい港町
- 持ち主が転々と代わった英国領事館
- 今もなお人々に敬愛される宣教師
- 烏来──温泉郷として栄える山間の村
- 高砂義勇隊の慰霊碑
- 基隆──「雨港」と呼ばれた台湾の玄関
- 港都・基隆の歴史
- 観光コースでない基隆を歩く
- 宜蘭──宜蘭と蘭陽平原の歴史
- 宜蘭公園に残る石碑
- 「西郷堤防」──治水工事の記念碑
- 蘇澳──台湾有数の良港を抱く町
- 沖縄と密接な関係を持った町
- 南澳──日本語が生きる村を訪ねる
- 桃園──今も残る日本時代の神社の遺跡
- 中華民国の忠烈祠へと変わった桃園神社
- 桃園神社はなぜ残されたのか
- 新竹──活気みなぎる産業都市
- 観光コースでない新竹を歩く
W 台湾中部
- 台中──台湾第三の都会を歩く
- 大正の名建築と絶讃された台中駅
- 都市公園の白眉とされた台中公園
- 彰化──中部の穀倉地帯に開けた町
- 三歩進めば寺、五歩進めば廟
- 日月潭──景勝地に隠された電力開発の歴史
- 東洋最大規模の水力発電所
- サオ族の人々
- 拉魯島──歴史に翻弄されてきたサオ族の聖地
- 霧社──霧社事件の舞台を訪ねる
- 霧社事件の背景とその後
X 台湾南部
- 嘉義──南部の玄関口
- 北回帰線が通る町・嘉義の歴史
- 観光コースでない嘉義を歩く
- 阿里山──世界有数の美林
- 阿里山開発と森林鉄道
- 観光コースでない阿里山を歩く
- 台南──四〇〇年の歴史を背負う古都
- 台南の「銀座通り」を歩く
- 開山神社──英雄・鄭成功を祀った神社
- 高雄──漁村から発展した一大産業都市
- 台湾南部の中枢・高雄の歴史
- 高雄市立歴史博物館と愛河
- 寿山公園──昭和天皇も訪れた景勝地
- 屏東──南国の地方情緒が味わえる町
- 観光コースでない屏東を歩く
- 牡丹社事件──近代日本最初の海外出兵
- 台湾最南部の史蹟を歩く
Y 台湾東部
- 花蓮──人口の四割を日本人が占めた新興都市
- 太魯閣(タロコ)峡谷──時代に翻弄された部族と台湾最大の景勝地
- タロコ族──日本統治に激しく抵抗した人々
- 日本から渡っていった開拓移民の村
- 「吉野村」を訪ねる
- 戦後の移民村と客家人
- 台東──先住民が多く住む町
- 緑島──「監獄と人権」の島
- 蘭嶼──太平洋に浮かぶ海洋民族の島
- 自然と融合した暮らしを送る人々
Z 澎湖・金門・馬祖
- 澎湖島──台湾海峡に浮かぶ島
- 各勢力に翻弄され続けた歴史
- 馬公──台湾最古の廟がある町
- 金門島──観光地となった「戦場の島」
- 独特の風土と祠の多い島
- 観光のメインは「要塞見学」
- 馬祖島──海霧のたちこめる秘島
- 観光業に期待する閉ざされた島
- 強烈な個性を誇る馬祖の建築
■台湾の主要な地名の呼び方
■参考文献
あとがき
●担当編集者より
日本はかつて50年間、台湾を植民地にしていました。そのせいか、台湾に親近感を感じ、何となく台湾を知っているという人も多いかと思われます。事実、年間100万人もの日本人が台湾を訪れているのです。
しかし一歩ふみ込んで考えてみると、わからないことだらけです。
たとえば、「台湾人」というけれども、それは「中国人」とは違うのか、同じなのか。また「台湾語」とはどういう言語なのか。
本書の第1章「台湾とは何か」は、そうした疑問に答えたものです。
著者は1969年生まれとまだ若いのですが、10年前から台湾に移り住み、各地を取材してきました。北京語はもとより「台湾語」も自在に使えます。その著者が、数多くの「台湾人」と会い、ホンネを聞き取った上でまとめたものです。そこで紹介される台湾住民の「中国」「台湾」という語の使い分けなどを読むと、台湾の置かれている複雑な政治状況が改めてよくわかります。
この第1章、副題は「台湾を理解するための基礎知識」を受けて、以下、台北、台湾北部、中部、南部、東部、そして澎湖・金門・馬祖と、著者は台湾各地に読者を案内し、鮮明な写真を添えて、その地域・都市の歴史を説き、現状を伝えます。
その台湾案内の一つの焦点となっているのが、日本統治時代の遺構です。有名な総統府(旧台湾総督府)はじめ現在も使われている建物も少なくありませんが、形を変えて残っているものもあります。
たとえば基隆(きいるん)駅前に立つ銅像です。戦前は初代台湾総督の樺山資紀の像でしたが、現在は蒋介石の像に変わっています。しかし立派な台座は昔のままです。また、高雄市郊外には旧高雄神社の鳥居が残っています。ただそこには、国民党政府軍の戦死者を祀る「忠烈祠」の額がかかっているのですが。
ほかにも、近代日本最初の海外出兵である牡丹社事件、原住民殺戮の霧社事件なども現場写真を添えて説明され、さらに台湾の戦後史を決定づけた2・28事件(国民党政府による住民虐殺事件)にも多くのページがさかれています。
こうして本書は、台湾の現状を伝えるとともに、台湾史の入門書ともなっています。
台湾問題は、たしかに高度な政治問題です。だからこそ、事実にもとづいて歴史と現状を知り、そして何よりもそこに住む人々の「こころ」を知ることが必要です。
そのための1冊として、本書が多くの人に読まれることを願っています。
(梅田正己)
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