本書の企画を立てたのは昨年春、例の「つくる会」の教科書が文科省の検定をパスしたころのことです。神話が繰り返し登場し、教育勅語の全文が掲載されたこの教科書の出現はまさに“歴史の亡霊”が現れたようなショックでした。同時に、隣国にたいする偏見・蔑視が露骨に表現されていることに、言うに言われぬいらだちを覚えました。
中塚先生には、すでに2冊の本(『偽造の歴史をただす』『歴史家の仕事』)を高文研から出版させていただいています。上京された中塚先生と話しているうちに、何とか「つくる会」教科書の偏見・蔑視を学問的真実によって打ち砕いていくような本ができないだろうか、ということで意見が一致しました。
当初は、できるだけ早く、「つくる会」教科書の問題が尾を引いている間に、と思っていましたが、そのうちに、この問題はきわめて根が深く、そう簡単に克服できることではない、むしろ腰を落として、事実に基づく歴史認識が“国民的常識”として定着していく、その礎石となるような本が必要なのではないか、と考えて、企画を練り直し、再出発したのが秋のことでした。
読者対象として中心に据えたのは、若い人たちです。「中学生にも読めるような本にしましょう」とは、中塚先生の方から言い出された言葉です。「中学生にも……」というのは、それから私たちの合言葉のようになりました。
全体の構成も、普通の「通史」の形をとるのではなく、私たち日本人の中にしみついてしまっている隣国への無意識の蔑視・偏見を打ち砕くという出版意図から、「設問形式」にしました。たとえば、「『韓国』『朝鮮』という呼び方」「『朝鮮は眠っていた』というのは本当か」「江華島事件−−ペリーの黒船と同じことをしたのか」「日本の植民地支配は朝鮮の近代化を進めたのか」といった具合です。
もちろん、全体を通して読めば、「通史」となっており、日本と韓国・朝鮮の関係史のエッセンシャルな事項についてしっかりとわかるような構成になっています。
中塚先生は日朝関係史の第一人者ですが、ご専門は近代史です。今回の本は古代、中世までを含んでいますので、その点はご苦労があったようです。古代史の部分を執筆するに当たってはご親交のある古代史の大家、門脇禎二先生などのご意見もうかがわれたと聞きました。また近代史の分野でも、在日の歴史家、朴宗根先生や、朝鮮史研究会の仲間、宮田節子先生などのご意見も聞かれたとのことです。
したがって、本書は入門書ではありますが、その記述内容は学界の到達点をふまえたものとなっているといってよいと思います。
さて、合言葉の「中学生にも……」ですが、これが実は最大の問題となりました。入門書とはいえ、レベルを落とさずに、限られたスペースで基本事項を記述するのですから、どうしても堅くなってしまいます。
しかし、せめて高校生程度には、ということで、中塚先生の人脈で京都の高校生4人に原稿を読んでもらい、分かりにくい点を指摘してもらいました。お陰で先生は(たぶん本を執筆して初めてのことと思いますが)これまで自明のこととして使っていた用語をまったく初心者向けに書き直される羽目になったのでした。「中学生にもわかるように……」。言うのは簡単ですが、実行はまさに至難のことなのです。
ところで中塚先生には『近代日本と朝鮮』(三省堂)という名著があります。1969年の初版発行ですから、すでに33年読まれ続けていることになります(現在第3版)。実は、最初に三省堂新書の1冊として出版されたこの本の編集を担当したのが、当時同編集部にいた私でした。その3年後、私は三省堂を退社して仲間と高文研を設立、独自に出版を開始しました。その後、25年、私は出版活動の上で中塚先生と再会、
『歴史の偽造をただす』を出版させていただいたのでした。そして今回、『近代日本と朝鮮』に重なるこの本を出版させていただいたのです。
長いこと編集者をやっていると、こういうこともあるのです。
『近代日本と朝鮮』は文字通りロングセラーとなった名著ですが、今回の『日本と韓国・朝鮮の歴史』(この書名自体にこの30年間の“歴史”が反映されています)も、それに負けないロングセラーとなって読み継がれることを祈っています。