サイバーコウブンケン

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歴史の偽造をただす
 戦史から消された日本軍の「朝鮮王宮占領」

中塚 明著  1,800円
四六判・上製・247ページ 1997年11月発行
ISBN4-87498-199-2 C0021

日清戦争から百年目、奇しくも発見された参謀本部の「戦争草案」は驚くべき事実を語る! 定説をくつがえす、この新史料をもとに、今日の「司馬史観」「自由主義史観」に連なる歴史の偽造を徹底批判した問題作!
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高文研 topへ 検索ページへ   [ら]行書籍一覧   歴史の真実を探り、日本近代史像をとらえ返す  

著者近影 著者:中塚 明(なかつか・あきら)
1929(昭和4)年、大阪府に生まれる。1953年、京都大学文学部史学科卒業。日本近代史専攻。近代日本における朝鮮問題の重要性を自覚し、1960年代から日清戦争をはじめ近代の日朝関係の歴史を主に研究。奈良女子大学文学部附属高校教諭をへて、1963年から奈良女子大学文学部に勤務、93年定年退職。この間、朝鮮史研究会幹事、歴史科学協議会代表委員などをつとめる。現在、奈良女子大学名誉教授、日本学術会議会員。
著書『日清戦争の研究』(青木書店)『近代日本と朝鮮』(三省堂)『「蹇蹇録」の世界』(みすず書房)『近代日本の朝鮮認識』(研文出版)他。



●──目次


はじめに

第一章  百年目の発見──福島県立図書館「佐藤文庫」『日清戦史』草案から
 1なぜ「佐藤文庫」を調べに行ったのか
  ・二つの目的
  ・「朝鮮王宮ニ対スル威嚇的運動」という記録を発見
  ・偽書か、本物か
 2《公刊戦史》と「佐藤文庫」の『日清戦史』草案
  ・『日本外交文書』や《公刊戦史》はどう書いているのか
  ・従来の研究では
  ・この記録が見つかったことの意味

第二章 朝鮮王宮占領の実相──目的・計画・実行
 1日清戦争がなぜ朝鮮王宮占領から始まるのか
  ・最初の武力行使
  ・朝鮮王宮占領
  ・「名分」に困った日本政府
  ・清韓宗属問題を口実に
 2王宮占領計画
  ・「王宮威嚇」の目的
  ・作戦計画の立案
 3王宮占領の顧末
  ・「核心部隊」の王宮突入
  ・国王、事実上「擒」になる
 4朝鮮王宮占領作戦の終了
  ・大院君を誘出、「王宮威嚇行動」完了
  ・再び日本の公式見解について
  ・日本軍の南下

第三章 偽造される戦史──「日露戦史編纂綱領」
 1日清戦史はどう作られたのか
  ・情報活動と結びついた戦史編纂
  ・日清戦史編纂の過程は
  ・寺内正毅参謀本部次長のもとで戦史編纂方針に変化か
 2「日露戦史編纂網領」──「史稿」と《公刊戦史》
  ・「佐藤文庫」の「日露戦史編纂綱領」
  ・周到な戦史の編纂
  ・書いてはならない十五カ条
 3日清戦史編纂時に編纂網領はあったのか
  ・自衛隊戦史研究者は「日露戦史編纂網領」をどう見ているか
  ・「国際法違反」は「深刻な研究」の対象にならないのか
  ・日清戦史編纂のときにも「日露戦史編纂綱領」のようなものがあったのか

第四章 偽造と忘却の構造──戦争報道の統制と作られた常識
 1朝鮮王宮占領の報道
  ・だれが日本人を「忘れっぽく」したのか
  ・新聞の第一報
  ・新聞報道の操作
 2一八九四年八月一日の緊急勅令
  ・従軍記者の目
  ・「緊急勅令第百三十四号」
  ・新聞・雑誌検閲の実際
 3教科書に定着した「作り話」
  ・政府の言う「正確な報道」とは
  ・告発の一例
  ・天皇にも曖昧報告−千代田史料の記述
  ・作られた「国民的常識」

第五章 生きつづける歴史の偽造──「日清・日露戦争では日本軍は国際法をよく守った」は本当か
 1「武士道の発露」か
  ・考察は「ロングメモリー」で
  ・太平洋戦争の責任を問う人たちにも
  ・朝鮮や中国の民族的覚醒を見失う
 2国際法違反や非合理的思想は満州事変以後、突然に起こったのか
  ・日清開戦直後に「太平洋戦争に連なる構想」
  ・日清戦争で日本軍はよく国際法を守ったのか
 3今もつづく歴史の偽造
  ・朝鮮王宮占領を無視した司馬遼太郎の『坂の上の雲』
  ・明らかな偽造もある

第六章 朝鮮人は忘れない──朝鮮の抗日蜂起と日本軍の討伐
 1王宮占領に抵抗する朝鮮兵士
  ・抵抗する朝鮮兵士
  ・ファン(黄)ヒョン(王ヘンに玄)『梅泉野録』から
 2朝鮮に広まる抗日の動き
  ・「困糧於敵」(糧を敵に因る)という日本軍
  ・朝鮮人民の反日抵抗と教科書裁判
  ・ひきもきらぬ反日の動き
  ・王宮占領が新たな抗日蜂起を生む
 3日本軍の討伐作戦
  ・民族的自主性をひとかけらも認めず弾圧
  ・日本政府はなにを恐れたのか−北に拡大させず速やかに鎮圧せよ
  ・「殺戮」「殱滅」「剿絶」「滅燼」「殄滅」
 4朝鮮の民族的自主性を認めない軍国主義日本とその行方
  ・イギリス人女性の観察
  ・軍国主義日本の朝鮮支配とその行方

第七章 「愛国」を騙る亡国の歴史観──いまにつづく歴史偽造の後遺症
 1歴史の真実を明らかにする意味と責任
  ・「開戦の真相隠しは古今の通例」という批判
  ・「トンキン湾事件」と「ペンタゴン・ペーパーズ」
  ・「他民族を抑圧している国民は、自分自身をも解放することができない」
 2歴史偽造の後遣症
  ・「戦後五十年決議」
  ・謝罪しない日本
  ・歴史の澱
 3「愛国」を騙る亡国の歴史観──結びにかえて



はじめに

 三年前の一九九四年は日清戦争が始まってからちょうど百年目の年であった。二〇〇〇年は中国の義和団の蜂起と日本をはじめ八カ国の列強軍隊がそれを鎮圧した義和団鎮圧戦争(日本では北清事変と呼ばれている)から百年目、そして二〇〇四年は日露戦争開始から百年目に当たる。

 日本の学校教育では、日清・日露戦争とそれに続く「韓国併合」の時期、明治の後半期は、現在でも「日本の国際的地位が向上した」時期と一貫して教えられている。日本はこの時期、わずか十年余の間に三度の戦争を行ない、東洋の小国から世界の帝国主義列強の一つに台頭したのであるから、「国際的地位が向上した」のは事実である。

 しかし、日清戦争からちょうど五十年目、日露戦争から四十年目の一九四五年には、日本は第二次世界大戦で敗北、降伏した。「国際的地位が向上した」はずの日本がわずか半世紀もたたないうちになぜ敗北したのか。なぜアジア諸国および太平洋上の島々で二〇〇〇万人を超える人びとの命を奪い、日本人にも三〇万人という犠牲を出す史上空前の悲劇を演じた後、惨たんたる敗戦を迎えなければならなかったのか。

 いま「国民的作家」としてひときわその名が高い司馬遼太郎をはじめ、日清・日露戦争までの日本は指導者もしっかりしていて国を誤らなかったのに、満州事変以後、太平洋戦争の時期には、指導者の能力は極端に落ちて、無能な指導者によって敗戦の憂き目を見たのだと、考えている人が大勢いる。太平洋戦争における破たんは「明治の遺産」ではなく、「良き時代であった明治」ヘの「背信」の結果であったと考えているのである。

 はたしてそうなのか、こうした歴史の見方は当を得ているのか、読者とともに考えてみることが本書の目的である。
 
 私は、日清戦争開始から百年目の一九九四年春、福島県立図書館「佐藤文庫」で、日清戦争の開始にかかわる珍しい記録を発見した。「佐藤文庫」というのは福島県郡山市の実業家、佐藤傅吉(一八八七〜一九六七)が集めた軍事・戦争関係の膨大な書籍・史料・写真などの文庫である。そこに旧日本陸軍の参謀本部で書かれた『日清戦史』の草案の一部が所蔵されている。その中から日清戦争の一番最初に行なわれた日本軍の武力行使である朝鮮の王宮、ソウルの景福官(キヨンボツクン)占領の詳細な記録を発見したのである。

 私を驚かせたのは『日清戦史』草案のこの記録が、同じく参謀本部が公刊した日清戦争の戦史、『明治廿七八年日清戦史』(第一巻は一九〇四年刊行)の記述と、似ても似つかない詳細な記録であったことである。つまり《公刊戦史》の記述は、ただ簡単であるばかりでなく、まったくウソの「作り話」に変わっていたことが、この草案からわかったのである。

 朝鮮王宮占領の事実が、参謀本部の手によっていったんは詳細に書かれながら、その同じ参謀本部によってウソの「作り話」に書き変えられたのである。日本陸軍の参謀本部という公権力によって「歴史の偽造」が行なわれていたことが、ほかならぬ参謀本部の記録で立証されたのである。

 しかもこの朝鮮王宮占領のてん末は、その実行のはじめから内外に決して知れわたってはならないと、朝鮮駐在の日本公使館(今で言えば日本大使館)はもとより外務省をはじめ日本政府が固く決意していたのである。ひとり日本陸軍だけが「歴史を偽造」したのではない。日本政府・軍一体のもとで行なわれた「歴央の偽造」であった。

 そしてこの「偽造された歴史」が、正されることなく、第二次世界大戦前はもちろんのこと、現在まで生き続けてきたのである。しかも、この「歴史の偽造」は決して一時の思いつきで行なわれたのではなく、系統的に一貫して行なわれてきたことがその後の調査で判明した。

 こうした「歴史の偽造」、そしてそれに基づく新聞・雑誌、学校教育を通しての国民世論の操作、誤った歴史認識の広がりは、わずか半世紀の後に迎える惨たんたる敗戦と無関係なのだろうか。私は大いに関係があると思っている。

 いまちまたでは、「従軍慰安婦」問題をはじめ日本の侵略戦争の事実を認めることがあたかも日本国民の誇りを失わせるものである、「自虐史観」であるという藤岡信勝東京大学教授らの主張が、言論を通してのみならず、ときには脅迫もともなってかまびすしい。百数十人もの国会議員がこれをバックアップしている。

 第二次世界大戦後、半世紀を経て、日本にひときわ騒々しいこうした動きは、何を日本国民にもたらすのか。日本人、とりわけこれからの日本を担う若い人たちは、よくよく考えていただきたいと思う。

 すべての権力は過去を自己正当化のために利用しようとする。しばしば正当化に不都合な過去を抑圧し好都合な過去を文脈から切り離して誇張し、歴史を虚構に変えることも辞さない。権力による過去の裁断にたいして歴史はいかなる態度をとるべきか。権力の正当化に奉仕することもひとつのありかたかもしれない。事実これまで歴史家は自らの意志によりあるいは強制されて「史官」の役割を演じた。しかし学問としての歴史にふさわしい貢献は、政治的正当化のために歪曲された真実を復元し、進んで権力の歴史的正当性を問い、権力を超える洞察を未来に投げかけることによって、権力から自立した歴史感覚と批判精神とが社会に根づくのに力をかすことであろう。(溪内謙「ソヴィエト史の新しい世代」、ナウカ、『窓』一〇〇号、一九九七年三月)

 このことばに私は全面的に共感する。小著が、この日本の社会で、「自立した歴史感覚と批判精神」が根づくのに、いささかでも役立てば幸いである。

 盧溝橋事件=日中全面戦争開始六十周年
 そして南京大虐殺六十周年──の年
 一九九七年 秋
 中塚 明

 

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