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伊藤千尋著 1,500円 B6判・233ページ 1995年11月発行 ISBN4-87498-167-4 C0036 ベトナムは日本によく似ている。南北に細長い国土を、山脈の背梁が貫く。米を主食に、箸を使い、またどちらも大国・中国の影響を受けて独自の文化を築いてきた。 北部の中国国境から南部のメコンデルタまで遺跡を訪ね、激戦の跡をたどって、二千年の歴史とベトナム戦争を紹介、ドイモイ(刷新)を急ぐ今日のベトナムの息吹を伝える! ●コラム連載中「奇聞総解」 |
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著者:伊藤千尋(いとう・ちひろ) 1949年、山口県下関市生まれ。東大法学部学生時代、東大ジプシー調査探検隊長を務める。74年、朝日新聞社入社。長崎、筑豊支局員、西部本社社会部員をへて東京本社外報部員。84年、中南米特派員(サンパウロ支局長)、87年、東京本社社会部員、88年、『AERA』創刊で編集部員となり、ベトナム縦断、東欧革命などをルポ。90年、外報部に戻り中東を担当。91年、スペイン特派員(バルセロナ支局長)、93年に帰国し川崎支局長をへて99年より東京本社外報部。 著書:『燃える中南米』(岩波新書)『太陽の汗、月の涙──中南米記者の旅』(すずさわ書店)『歴史は急ぐ──東欧革命の現場から』(朝日新聞社)『バルセロナ賛歌』(朝日新聞社)『「ジプシー」の幌馬車を追った』(大村書店)、週刊金曜日で連載した「闘う新聞−ハンギョレの12年」2001年1月19日に岩波書店からブックレットで出版 他。 訳書:『ヒューマン・ライト』(日本評論社、共訳) |
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●もくじ はじめに Tハノイ
U北部 1生きている紅河デルタ ▽穀倉地帯──水牛と水墨画 ◇アングル=竹の文化 ▽日本軍は何をしたか──二百万人餓死事件の証人 2山岳地帯 ▽フランス植民地支配に抗して──山に登る大胞 ◇アングル=外人部隊 ▽少数民族──月とともに暮らす人々 ◇アングル=音楽──歌姫は乙姫様 3地雷と密輸の中国国境 ◇アングル=漢字文化圏 V中部
Wホーチミン市 1戦争の傷痕──人権の名で残虐行為 ◇アングル=民族衣装アオザイ 2復興する「サイゴン」──拝金主義に走る人々 ◇アングル=シクロの嘆き X南部
Yベトナムはこれがら 1“解放”から“開放”ヘ ◇アングル=女性が強い 2日本人として ◆年表・ベトナムと日本との最近の関係 ◆ベトナム──これを読めば あとがき |
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| はじめに(本文から全文抜粋) ベトナムは日本によく似ている。南北に細長い地形、背骨のように国土を貫く山脈、わずかな平野に多くの人口が密集し、水田を耕した生活。中国の影響を受けながら独自に築いた言葉と文化、箸で食事する習慣、仏教と儒教に基づく価値観、神棚に祖先をまつる土着の宗教。中国(元)の侵略を退け、南への勢力を広げ、鎖国をした歴史。もちろん黄色人種として肌の色も同じだ。こうして見ると、何から何までそっくりである。 日本の南西、東京から四千キロの距離、飛行機で六時間、時差二時間、日本の総面積から九州を除いたくらいの国土に、私たちと同じような顔つきの人々が七千二百万人暮らしている。四百年前から交流を続け、二つの国の距離は考える以上に近い。 もちろん違いもある。日本は欧米諸国の植民地にならないで独立を保ち、強大な軍隊をもってアジアに進出し、アメリカ、イギリスに敗れた。ベトナムはフランスの植民地になり戦時中は日本の支配下に置かれたが、独立を求めて戦い、フランスを武力で追い出したうえ、二十年もの粘り強い戦いで世界の超大国アメリカに勝った。 日本は経済大国となったが、ベトナムは世界でもっとも貧しい国の一つだ。しかし、それは日本が戦後の五十年、平和の中で経済建設に励み、一方のベトナムはつい最近の一九八九年まで五十年近くにわたって戦争を続けてきたからだ。平和になった今、ベトナムは急速な経済の立て直しと復興のさなかにある。 世界の歴史に一時代を画したベトナム戦争は、日本に大きな影響を与えた。目本が経済大国となった背景にはベトナム戦争の特需がある。日本で市民運動が発達したのもベトナム戦争のおかげだ。ベトナムの人々の生きる姿勢は、私たちに何が欠けているかを教えてくれる。ベトナム各地を歩いて、彼らとじかに接してみよう。 |
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| あとがき ベトナムに心を引かれてから二十五年以上になる。ベトナム戦争が真っ最中だったころ大学生だった私は、アジアでアメリカが繰り広げる非人道的な戦争に対して、黙って見過ごすことはできなかった。ベトナムに平和を、アメリカはアジアから手を引け、と叫んでデモをした。同時に、経済的に貧弱なベトナムが世界の超大国を相手に堂々と立ち向かう姿に感動した。ベトナムの勝利が明らかになるとき、あの小さな国がなぜ強大な軍事大国に勝てるのかと不思議に思った。 新聞記者になってからもベトナムヘの興味は続いた。国際報道を担当するようになって、初めての任地は中南米だったが、ベトナムの動静はいつも気になった。だから、特派員を終えて『アエラ』の創刊と同時に編集部員になったとき、ベトナム取材を提案した。ベトナム全土をめぐって、戦争の跡を検証したいと思った。ベトナム人とはどういう人たちなのか知りたいと思った。 最初にベトナムを取材したのは一九八九年だった。経済変革のドイモイがようやく始動したころだ。政府や民間の要人に次々に話を聞くと同時に、北の中国国境から南のカンボジア国境まで車で縦断した。貧しい中で経済的に浮上しようと懸命に働く姿が感動的だった。 二度目は一九九五年だ。経済の急成長が世界を驚かせた時期で、すっかり変わったベトナムをぜひ見たいと思った。ハノイに入ったのは、アメリカがベトナムとの国交正常化に踏み切りクリントン大統領が復交宣言をした翌日だった。建築ラッシュに様変わりを見たが、本質的なベトナム人の抵抗の気質は変わっていなかった。 それだけではない。社会主義が崩壊し資本主義も先が見えず、世界の人々が生きる価値観を失ったような現代の中で、ベトナムの人々は一人ひとりが生き生きとしていた。 私はこれまで二十年のジャーナリスト生活で、第三世界の人々を自分のテーマとしてきた。ニカラグア内線や独裁下のチリ民主化運動など中南米、韓国からフィリピン、熱帯雨林など一連のアジア、さらに東欧の崩壊、ユーゴ内戦など取材したが、その中でいつも感動したのは、国際情勢や政治の流れに翻弄される中、社会正義や人権など自分の信じる、かつ普遍的な価値観にもとづいて己の生き方を貫く人々の生きざまだった。ベトナムにはそうした人々がとりわけ多い。 執筆しつつ、いつも頭に浮かんだのは日本との関係だ。知れば知るほどベトナムは日本に似ている。しかし、さらに知れば、日本との大きな違いも目についた。 ベトナム戦争中のハノイ空襲では八万トンの爆弾が落とされ死者約千三百人が出たが、日本の戦時中の東京大空襲ではこれよりはるかに少ない千七百トンの爆弾だったのに十万人の死者を出した。この数字の違いはなぜだろうか。 日本の軍部は、天皇制という「国体」さえ護持されれば国民の犠牲などどうでもよいと考えていた。空襲に対してはバケツリレーと竹槍の訓練をするだけだった。当時の首都防衛計画で軍部は東京周辺の軍に対して、首都に駆けつけるとき避難民が邪魔なら戦車でひき殺せと命じたという。一方のベトナムは家ごとに深い防空壕を掘らせ、通りにもタコつぼの壕をたくさん用意するなど、人間への被害を最小限にくい止める対策をとっていた。国民の命を大切にする政府だからこそ、国民も信頼して戦ったのだ。 本書は、ベトナムを訪れようとする人のために、ベトナム理解の参考にしてほしいと思って書いた。現地を訪れる人は本書の知識を底辺に、それを乗り越えてベトナムの人々と接してほしい。ベトナムに行かない人は、せめて本書からベトナムの人々の息吹きを感じてほしい。 ベトナム戦争を知らずに観光に向かう若者には、戦争の中でベトナムの人々が何をしたかを知ってほしい。ベトナム戦争が青春だった団塊の世代には、自分の人生にベトナムは何を問いかけたのかをあらためて考えてほしい。ベトナムに経済進出しようとするビジネスマンには、日本に対するベトナムの目を心得てほしい。そしてすべての日本人に、ベトナム人のエネルギーを感じてもらいたい。 本書の文章はすべて、この本のために新たに書き下ろした。写真は私が取材中に撮影したものである。ベトナムの現状について教えていただくとともに、原稿をたんねんに見ていただいた東京大学の古田元夫教授、朝日新聞前ハノイ支局長の水野考昭氏、取材のアドバイスをいただいた共同通信元ハノイ支局長の上田泉貴氏、朝日新聞ハノイ支局長の小管幸一民、同外報部員の平井正夫氏、取材旅行にあたって便宜を図ってくださったピース・イン・ツアーの高橋亜弥子さんには心から感謝している。 私のベトナム行きを聞くなり即座に本書の執筆を提案するとともに、ていねいに原稿を見てくださった中村浩氏、ベトナムへの深い思いから本書執筆への適切なアドバイスをしてくださった高文研代表の梅田正己氏への感謝は言い尽くせない。 一九九五年九月二日、べトナム独立五十年の記念日に 伊藤千尋 |
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| ●伊藤千尋さんのホームページ 伊藤千尋オフィシャルサイト「奇聞総解」 http://homepage1.nifty.com/CHIHIRITO/ |
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